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個別記事の管理2015-12-13 (Sun)
Weiβシリーズ第二部「Weiβ Justiz」
※web拍手第二部終盤連載の都合上、後半を一時的処置でブログに掲載しています。







※Weiβシリーズの設定を練り直しているため、サイトにある同シリーズ作品と辻褄が合わない部分があります


Weiβシリーズ第二部「Weiβ Justiz -9-」




通路をあてもなく進んでいたフリットだが、此処に来てしまったと苦笑しようとして、失敗した。ハロが心配そうに覗き込んでくる。
おそらく此処にいるだろう。そう俄に確信を持って、フリットは格納庫に足を踏み入れた。

慣れないガンダムの整備をしてくれているデインノン基地のエンジニアに頭を下げ、横隣のハンガーを見上げる。全身が真っ白の機体には先日の傷や汚れが拭えないまま残っている。けれど、この格納庫に収用されているモビルスーツの中では一番損傷が少ない。次点がガンダムだ。

悔しいのだろうか。自問してから、悔しいと答えた。しかし、競っている感覚はない。
この手に掴みたいものが明確であるからだ。おそらく、彼もだろう。

欲を切り捨てるのは似合わないと言われた。確かにそうだ。失う空虚さを何度も味わってきたのだから。何かを切り捨てるなど、到底出来ない。
ただ、割り切ることは覚えなければいけないと思う。大人になるために。

宙域に出るための滑走路近くに設置された格納庫とは違い、こちら側の格納庫は常にコロニーの重力がある。
ハンガーを取り囲んでいる梯子を登り、通路状になった柵の上に立つ。足下は目が細かい網の板になっているため、普通に歩ける。
Gエグゼスの開かれたコクピットハッチに柵から飛び乗ったフリットは中を覗き込んだ。

「……お疲れ様です」

開口一番に何を言うべきか迷って考え出たのがこれだった。もう少し他に何か言いようがあったのではないかと億劫になったが、向こうは気にした様子もなく顔を上げた。

「良い匂いするな」
「ウルフさんも何も食べてませんよね。あげます」

フリットはワックスペーパーに包まれたサンドイッチをコクピットに座しているウルフに手渡した。

朧気な記憶を遡れば、基地に着いてからウルフは申請無しにバイクを借り出したことや仕事を放り出した始末をつけるように上司から呼びつけられていた。分かれる間際にラーガンとの会話で後で愛機の調子を見ておきたいと言っていたので、後始末は片付いたのだろう。

「お前は食ったのか?」
「一ついただきました」

そうかと頷いたウルフはコクピットから立ち上がって、モビルスーツの外に出る。サンドイッチをくれた礼代わりにフリットの頭を一撫でして横切ると、手摺りを飛び越えて網状の通路に位置を落ち着けた。
髪を気にしながらフリットもウルフを追いかけて彼の横に佇む。ハロが二人の足下を行ったり来たりと転がっていたので、フリットはその場にしゃがみ込んでハロを掴まえる。

「ラーガンが言ってたんですけど、開戦するかもしれないって」
「そりゃ目出度いな」

まさかそんなことを言われるとは思わず、フリットは困惑の顔でウルフを低い位置から見上げた。
彼は手摺りに背を預け、包み紙を開いたサンドイッチに齧り付く。一口を咀嚼し飲み込んでから、フリットを無感情に見下ろす。

「お前が望んでいたことだろ」
「望んでなんか」

いないと言いたいのに、言えなかった。自分の気持ちがはっきりと見えなくなる。心の何処かで、もう戦争でしか決着をつける術がないと冷静に悟っていた。

「悪い、言い間違えたな。望んでたのはあの艦長だ」

グルーデックのことを持ち出してきたウルフは複雑な表情だった。何故、そんな顔をするのか判らず、フリットは続きを言ってくれるように首を傾げた。

「お前は託されただけだ」

引き継ぐことを。
グルーデックが一人で全ての罪を背負った生き様に対して敬意は持ち合わせている。だが、フリットを巻き込んだツケを支払うどころか、ツケを丸ごと押しつける形をとったことだけは腹に据えかねた。

「でも、選んだんだろ、フリット。お前の意志で」

ただ流され、何も選ばずにいるのなら、それは息のない怠惰と同義だ。呼吸とは選択し続けること。そして、選択する時には必ず迷いが生じる。
今、フリットから迷いの匂いを感じてウルフは眼を細める。

「……選びました」

匂いが薄れたことにウルフはフリットが見ていないところで一瞬だけ顔を顰めた。迷った末に決めたことを考え直させるのは容易くない。特にフリットのように頑なな決意の持ち主は。
だからこそ、否定は呑み込んだ。それに、自分は好戦的な質だ。開戦は悪い話ではない。考え直させてしまったら元も子もないだろう。

それは自分の役目ではない。フリットの周囲にそれを行える者は誰一人としていないのが現状だった。
けれど、いつかそんな存在が現われることを未来に馳せる――それが自分達の息子と孫であることを予想すらせず。

「ウルフさん?どうかしました?」

沈黙しているウルフにフリットは自分は何か迷惑を掛けただろうかと眉を下げて問う。その様子にウルフは肩を下げ、彼女の隣に座り込む。
ずいっと顔を近づけられて、フリットはやや身を引く。

「俺、お前にGエグゼスの名前のこと言ったことあったか?」
「ええっと……聞いたことはないと思いますけど」

顔を引き戻したウルフは神妙な顔つきのフリットに笑む。そんな顔をされるほど堅苦しい話ではない。けれど、何事にも真面目な姿勢な相手だからこそ、話す気になった。

「レーサーの時にマッドーナのおやっさんから聞いた話だ」

それを皮切りにウルフは当時を振り返る。振り返るのは後ろ向きな行動に思えて、意識的に過去を思い返すことはしてこなかったが。
フリット相手だと触発されるようだ。

「すげぇ昔に、世界を救った伝説の白いモビルスーツがいた。そいつがGUNDAMって名付けられてて、Gを冠していたってな」

モビルスーツ鍛冶の間では有名な奇譚だ。以前までなら工房の間でも語り継がれてきていた。けれど、軍事力を撤廃する銀の杯条約が締結してから忘れ去られようとしていた伝説であり、マッドーナのように覚えている方が稀有だった。

最初に聞いた時は子供騙しのお伽噺だと思ったが、感銘を受けるほどに痺れたのも事実だ。それに、お伽噺ではなかったと、Gエグゼスの横に並んでいるガンダムをウルフは見上げる。

視線の先を追いかけ、フリットもガンダムを視界に入れる。
知らなかった。自分が関わっていないところで、誰かがガンダムの話をしていることを知りもせず、想像すらしていなかった。
そして、レーサーの時のウルフを自分は殆ど知らないのだ。

「だから、Gですか」
「GLITTERでもあるけどな。おやっさんからガンダムの話聞いてからは余計に愛着湧いちまったんだよな」

輝くという意味で名付けていた。だから白き狼という二つ名は少し受け付けなかった。
軍に転身してからも白い狼と呼ばれてしまい、白銀と認識してもらえず終いだ。せめて彗星か流星ぐらいの輝く意味合いは欲しかったところだ。

「それじゃあ、その、ガンダムを寄越せってあれは」
「餓鬼には宝の持ち腐れだからって理由じゃねぇよ。年甲斐もなく、はしゃいでたのは大目に見ろ」

ウルフの反応をフリットは瞬きしながら見遣る。
フリットからの無垢な眼差しが痒い。ウルフは視線を逸らそうとしたが、彼女の言葉に引き戻される。

「渡すことは出来ないですけど、ウルフさんが乗りたいなら僕は構いませんよ」

そう言ったフリットの頭をウルフはくしゃりと撫でた。直ぐに手を放して告げる。

「俺にはこいつがいるし、裏切れねぇよ。まあ、お前がどうしてもって言うなら、話はコクピットを複座にしてからだ」
「複座式ですか?」
「そんなことしなくてもお前には乗っかれるから、もしもの話だ」
「はい?」

首を捻っているフリットにウルフはヒントというより殆ど答えとして「ベッド」と一言付け加えた。暫く思考をぐるりと回していたフリットは意味に気付いて眉を立てる。沸騰しそうなフリットの頭をウルフは掴んで大きく揺らした。

揺れた頭がぐわんぐわんと振動する。フリットは両手で頭を抱え、何をするんだとウルフを恨みがましく見つめる。しかし、彼の様子を前にして棘が抜かれる。
こちらを見ていないのだ。見ていないというか、見られない。そんな感じだ。

「何でウルフさんが照れてるんですか」
「違ぇっての」

据わった目を寄越されたが、怖くなかった。
明け透けのない言葉を使う人だ。だから、そういうことを言ったのを恥じているのではない。ガンダムにはしゃいでいた大人げなさを今になって恥ずかしがっている。
それと、自分の愛機に名付けた意味と由来を教えてしまったことへの、何とも表現しにくい感情。

照れ隠しが慣れていないウルフをフリットは揶揄しない。元々、人を揶揄する性格ではないからだが、それを差し引いても自分がウルフにあてられて照れ初めてしまったからだ。
頭を抱えていた両手はいつの間にか耳まで下がっていた。

「何でお前まで」
「い、いいじゃないですか、そんなのッ」

互いに目が合うと、ぷいっと同時に顔を背け合う。
そんなやり取りはGエグゼスとガンダムの整備を行なっているエンジニア達に筒抜けになっている。遠目にだが、青春だなぁだとか、珍しい狼の態度についての議論などが始まっていた。

自分ばかりがこの男に振り回されている。そんな風にフリットは思っていた。けれど、同じように影響は与え合っていたことが、嬉しいような恥ずかしいような二律背反な感情になっていく。そして、自分もウルフの色んな顔が見たいと思うようになっていた。

鼓動が煩くて厄介だ。苛立ちに似ているが違うことを認めている。だから、無視することも手放すことも出来ない。

『ドウシタ、ドウシタ』

不意にハロが喋り、フリットは緊張しきっていた神経が解される。
なんて言おう。なんと言えば、ウルフは此方を見てくれるだろうかと考えすぎていた。
どんな言葉であっても、ウルフは耳を傾けてくれるというのに。

「あの」

ウルフがぴくりと僅かな反応を見せる。振り向いた彼に続けてフリットは口を開いたが、声より先に音が鳴った。お腹から。
ハロに置いていた手を自分の腹部に持って行き、押さえる。
誤魔化しの効かない空腹という事実にフリットは俯く。しかし、心配した嗤い声などなく、目の前にサンドイッチが差し出された。

「食え」
「ゃ、その、ウルフさんのですから」
「食べかけは嫌か?」
「そうじゃないんですけど」

恐る恐る受け取ったフリットは、それでも眉を下げてウルフの顔を窺うように見上げる。

「食える時に食っておけ」

促され、フリットはサンドイッチにかぶりついた。ウルフの囓り跡を避けている。

「ウルフさんも」
「一人で食っちまっていいぞ」

そう言ったが、フリットは頑なだ。差し返されたサンドイッチをウルフは手に取り、フリットが囓ったところを重ねて囓り取った。
それを返されて抵抗なく受け取ったフリットだったが、もうウルフが囓ったところを囓るしかない。
はむ。と小さく遠慮がちに齧りついた。

「もっと食えよ」

口の中をもぐもぐさせているのでフリットは行儀が悪いと喋られず、首を横に振ることで伝える。

「俺の咥えられたんだから、もっと口開くだろ」
「グッ」

喉に詰まり、フリットはつっかえる胸を叩く。背中をさすってくれる男の手は優しいが、張本人なのだから台無しだ。
目尻に泪を溜めたフリットは恨めしさを込めてサンドイッチをウルフに突き返す。

「もういりません。一人で食べてください」
「そんなんじゃ大きくなれねーぞ」

胸とか。と、続けそうになった余計な一言は呑み込んだ。
そういう類の話に気が乗らない性格なのは見た目通りだと感想して、ウルフは手の中の食料を平らげた。

コクピットに一端戻ったウルフはそれを二つ手に取り、戻ってくる。
自分の頭にポンッと置かれたものをフリットは慌てて落とさないようにキャッチする。目の前に掲げてみれば、ゼリー飲料のパックだ。
横に座り戻ってきたウルフも同じものを手にしている。

「ひとまず腹の足しにはなるだろ」

ひらひらとパックを掲げて振るウルフの顔に反省の色は見られないが、これが彼なりの詫びなのだとフリットは正しく認識する。
それならば、いらないと突き返す必要はない。「いただきます」と小さく言ってから、フリットはパックの蓋を捻ってチューブに口をつける。

「あの……言いたくなかったら、別にいいんですけど。ジェノアスにはGを付けてなかったですよね」
「ああ、あれか。未練がましいのは男じゃないからな、レーサー辞める時のけじめみたいなもんだった」

レース用のシャルドールGも処分するようにマッドーナに言っていたのだが、彼はその通りにせず何年も保管していた。ウルフがそのことを知ったのは、ガンダムに似た機体発注を依頼した時だ。
そして、シャルドールGがGエグゼスに姿を変えた。Gを継いで。

「だから、俺の未練はお前に救われた」
「僕が救った?」
「未練かどうかを決めるのは俺次第だがな。未練を未練じゃないもんに変えさせたのはお前だ、フリット」

言っている意味がよく判らない。ウルフ本人も感覚で喋っているだけだ。
けれど、そういうものとフリットも感覚で受け取った。正確な言葉で伝えてくれると齟齬が少なくて助かるのだが、ウルフ相手だとこれでいいような気がしてくるから本当に変な人だと改めて思う。

「そうですか」

頷いた此方に対して、向こうはゼリー飲料に口を付ける。不自然ではないが、意図的なのかなとフリットはウルフの横顔を見つめる。

ウルフの方からレーサー時代の頃を話すのは実は珍しいものだ。仲間内から話題を振られないと口にしていなかったと記憶している。憶測でしかないが、彼が言った未練がましいに起因しているのだろう。
かつてのウルフが真剣になってガンダムの伝説を気に入っていたことを、フリットは自分の内側で咀嚼する。

「ん?」

右半身に温もりを感じてウルフはゼリー飲料のチューブから口を離した。
隣にぴたりと身を寄せてきたフリットに言う。

「いきなり懐いてきてどうした」
「ッ、……懐いてませんよ」

反抗的に返しながらも離れずにいるフリットにウルフは瞬く。ちょっと可愛い。

ウルフからの視線にフリットは耐え難くなっている。それでも、動けなかった。今まで以上に、より強く傍に感じたくて。暫くそのままじっとして、ゼリー飲料を飲み干す。

鬱陶しいだろうか。ついと、胸に過ぎった不安にフリットは唇を噛む。
互いの間に隙間を作ろうと右に遠退こうとする。なのに、裏背を通って右肩をがっしりと掴まれては、勢いよく引き戻された。

先程以上の密着と有無を言わせない狼の握力に敵わず、フリットは尻込みするように顎を引く。服越しであっても、硬い筋肉と厚い胸板がすぐそこにある生々しさに狼狽していた。
覗き込もうとしている気配に気付いたフリットは僅かに顔を上げた。ただ見つめ合っているだけで体温が上昇してしまう。

ウルフは少女の頤に触れようとしたが、その前にフリットが硬直を見せ、耳を下げた。外野の声に耳を傾ければ、接吻までのカウントダウンとやらを始めている。
見せつけるのは良いが、見世物になる気はない。フリットの肩から手を放した。のだが、フリットの表情に変化があり、ウルフは留まる。
物欲しそうな顔をされてはたまったものではない。

フリットの場合は見世物になる気も見せつける気もないはずだ。だから本人が自分の状態に気付いているかも怪しい。
しかし、そんな顔をしているのが悪いと、ウルフはフリットに顔を近づけた。
おおおと外野が野太い声をあげたが、次第にお?と首を傾けた疑問が混じっていく。

ウルフの薄い唇が遠退き、それが触れた左頬にフリットは手をあてる。恥ずかしい手前の甘酸っぱさにどんな顔をすればいいのか判らない。
だが、フリットに反してウルフはかなり恥ずかしいのか、突然立ち上がる始末だ。

あんなに獰猛に掻き抱いてきた狼の姿とは思えず、フリットは頬を緩ませていく。くすりと息の音を聞き取ったウルフが半目でフリットを見遣る。

「なんだ」
「何でもありません」

軽い口調で言い返したフリットも立ち上がり、スカートの後ろ側を手で払う。
それから首筋を掻くウルフを見上げて、後で二人きりになれる時間があったらこのリボンのことを、あの子のことを話そうと決心する。

トン。と、背中に触れた感触にウルフが目を落とせば、フリットが背中を預けてきていた。寄りかかるでなく、触れるように。
背中合わせの二人を前に、Gエグゼスが聳え立っていた。

* Category : 小話
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