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個別記事の管理2015-11-29 (Sun)
Weiβシリーズ第二部「Weiβ Justiz」
※web拍手第二部後半連載の都合上、中盤を一時的処置でブログに掲載しています。







※Weiβシリーズの設定を練り直しているため、サイトにある同シリーズ作品と辻褄が合わない部分があります


Weiβシリーズ第二部「Weiβ Justiz -7-」




髪を三つ編みで纏めてリボンで結い、スカートの下をタイツに履き替えたフリットはラーガンへと礼を述べる。
少女の腿から脹ら脛のラインをじっと見つめて触りたがっている狼に向かって、ラーガンは咳払いを一つ。視線を此方に転じたウルフに彼の上着を投げ渡す。

「貴方もそろそろ着てください。みっともないですよ」
「身体は絞ってるだろ」
「そういう問題じゃありません」

そろりと会話に視線を向けようとしていたフリットはラーガンと目が合いそうになると、直ぐさま顔ごと目線を変える。実は先程からずっと目を合わせてもらえていないラーガンは胸の内に悲壮を背負っている。
バイザーの奥で苦虫を潰そうにも潰せない表情を湛えているラーガンに免じて、ウルフは衣服を整え始めた。

着替え終えて間もなくすると、ホテルの従業員がクリーニングされたドレスを届けに来た。受け取ったフリットはドレスとアクセサリーを制服が入っていた紙袋に丁寧に収める。
AGEデバイスに指輪をこっそりと収めたのに、ウルフの視線が此方にあることに気付いたフリットはデバイスを掴んでいる両手に力を入れてしまう。
それについては何も言わず、ウルフはチェックアウトするから早く部屋から出るように二人に言うだけだった。

ホテルの一階まで降り、カウンターでチェックアウトの手続きをしているウルフにラーガンと一緒に付き添っていたフリットはロビーのところに見知った後ろ姿があることに気付く。横のラーガンに一言伝えてからフリットはそちらへと足を向けた。

「ランディさん」
「おお、フリット」

声を掛ければ、振り返った人はあの老紳士だ。丁度、ホテル内のレストランで遅めの昼食を終えて帰ろうとしていたところらしい。

「ドレス有り難う御座いました。ここのホテルでクリーニングはしてもらってありますから」
「そのまま貰ってくれて構わんのだよ?」
「いえ……」

フリットの後ろに手続きを終えたウルフとラーガンが向かってくる。老紳士がラーガンに会釈したことで、フリットも僅かにそちらを振り返った。それから顔を正面に戻す。
後ろで二人分の靴音が止まる。右耳に届いたのがウルフだ。
だから、右後ろの存在を強く意識した。

「僕がこれを着ると機嫌が悪くなる人がいるんです」

困ったように笑うフリットに老紳士は目を丸くする。仕方がないという困り顔でありながら、幸せそうな表情であったからだ。
疑念を抱く前に、フリットの後ろに立つ二人の内の片方が反応を見せた。フリットの右後ろ、老紳士の目から左にいる白い男。言葉を交わした記憶はないが、見覚えがある。それと、タワーからフリットを連れ出してしまったのも彼だろうと。その時近くにいなかったが、フリットの手を引いていった男の背中は遠目に確認だけは出来ていた。

フリットとウルフを交互に見遣った老紳士は二人がそれぞれに持つ雰囲気から、お似合いとは少し言い難いと感想を持った。けれど、フリットにこんな顔をさせる相手だ。
ドレスを紙袋ごと受け取り、老紳士は軽く頭を下げる。

「いい人と出会えて良かったな」

心からの言葉だ。
それに対してフリットは一度きょとんとすると、あたふたとウルフを振り返ったり老紳士を見返したりして慌てる。

「この人はそういうのではなくて」
「そういうのって何だよ」
「ウルフさんは出てこないでくださいよ」
「昨日、お前は俺の女だって自分でも言っただろ」
「言ってません。訊いただけです」

可愛くない言い逃れをしやがると、ウルフは抗議するためにフリットの三つ編みを引っ張った。それほど強く引っ張られているわけではないが、それなりに痛い。フリットが文句を口にすればウルフは知ったことではないと髪を引っ張り続ける。
二人のやり取りを横で見ていたラーガンは、フリットへのウルフの構い方が幼稚じみていることに肩を竦める。
すれば、様子を見守っていた老紳士が朗らかな笑い声をあげた。ぴたりとフリットもウルフも動きを止める。

「ははは、すまないね。これで良かったんだろうな、うん」

一人頷き、納得している老紳士に誰もが首を傾げる。彼は掌を見せて横に振りながら、こちらの話だと追求を遠慮する。
老紳士はタワーで紹介した青年と気が合いそうならフリットの相手にもなってくれるだろうと想像を膨らませていた。けれど、青年には心に決めた人がすでにいると後で知ったのだ。それからフリットもそうであったことを今、目の前にして心得た。

「それはさておき、彼はどうだっただろうか」

フリットに向けられた問いかけだ。

「知識も豊富ですし、僕も悪い話ではないと思っています」

その返事の仕方にウルフが眉を詰める。後ろのウルフの様子に気付いていないフリットの代わりに老紳士が補足する。

「実は、知り合いにエンジニアとして腕の立つ青年がいてな。先日のガンダムの勇姿にいたく感銘を受けたそうなんだ。父親の仕事を手伝うか別のところに就職するか悩んでいたのでね、フリットに会わせたかった」

自分にではなくウルフに視線を向けている老紳士に首を捻りながらも、フリットは相づちを打つ。

「話が通るかはまだ判りませんが、僕の方から軍に手配を掛け合ってみますので」
「助かるよ」

ガンダムの整備班への加入となると、まずはグアバランと連絡を取らなければならない。簡単に通る話ではないが、フリットとしては青年からの申し出を通したい気持ちがある。彼の父親がスポンサーについてくれるというのだ。
AGEシステムは進化するプロセスがあるために、装備開発を積み重ねて持続するコストが足りていないのが現状だった。資金面の後ろ盾が増えるのは有り難い話である。勿論、青年本人の能力も買っている。

成る程と、ラーガンは得心を持つ。けれど、横のウルフは納得しきれていないのか微妙な表情でいる。それを横目で視認したラーガンは頬を掻く。
すると、不意にウルフが行動に出た。フリットの頭を撫でたのだ。突然すぎたのだろう、フリットは自分に何が起きているのか瞬時に判っていなかった。
撫でられていると気付いて、人前であることに気恥ずかしさが沸き上がったフリットはウルフの手を払い落とそうとする。けれど、出来なかった。

「すまん」

ウルフが謝罪の言葉を言って、そのまま手を離したからだ。何のことだかさっぱり理解出来ていないフリットはウルフを振り返る。
判らないままなのはちょっと残念だな、と。そんな顔をされて、ウルフは曲げていた口を渋々開いた。

「あれもこれも勘違いしてたとか、格好悪かった」

俺様としたことが。と、ウルフは苦いものを呑み込む。
フリットがこのホテルに臆した理由も、実は初体験だったことも。挙げ句の果てに、タワーにいた男は見合い相手でも何でもなかった。
間抜けにもほどがある。非常に格好がつかない。

ウルフの様子に瞬きしたフリットは、面を上げて彼を真っ直ぐに見つめた。

「来てくれた時、格好良かったですよ」

手を引かれ、階段を駆け下りている最中も、ずっと。

表情に色が戻ったウルフを目前に、フリットは自分の言葉を振り返って急に恥ずかしさを覚えた。慌てて身体の向きを変えてウルフの視線から逃れようとする。

「それは」

彼の声にフリットは顔を赤くして、それ以上は何も言わないでくれと自分の両耳を手で塞ぐ。出来れば忘れて欲しいのだけれどと、そろりとウルフを窺えば、彼はじっと視線を外してくれていない。
と、そこへ。唐突にフリットの顔横に薄い緑色の球体が飛んできた。吃驚して耳から手を放したフリットに届いてきたのは暢気な電子音声だ。

『フリット!フリット!元気カ!』

跳ね回るハロを捕まえる。手の中のハロが飛んできたと思われる方向に視線を放れば、自分と同じ学生服を着た集団がいた。エミリーとディケが手を振ってくれているのに気付いて、フリットは老紳士に挨拶してから彼女達の元に駆け寄っていく。

背中を見送り、同じ年頃の集団の中にいても何処か浮いている少女は異質に映る。昔から礼儀正しい子であったが、その頃はまだ子供らしい子供だったと老紳士は記憶している。
時代の流れとは違う。宿命の流れがそうさせたことに、胃のあたりが重い。

「苦労の多い子だ。宜しく頼む」

老紳士から話を振られたウルフは突然のことに目を瞠った。けれど、次には肩ごと溜息を零した。

「よしてくれ。俺は善人なんかじゃない」
「悪人にも見えないがね」

人の心は善悪で分けられるほど単純に出来ていない。
白か黒か。それ以外の色もある。人の数だけ。

老紳士は今一度、ウルフを見遣る。白を気に入っているようだし、どちらかと言えば善人寄りではないだろうかと独りごちる。それからフリットを遠目に。
今のフリットは白か黒かならば暗い色に手を伸ばすと、そんなことを考えてしまう。だから、選択に立たされた時にこの男が迷わせてくれたらいいと思ったまでだ。

納得しかねている男のまだまだ若い様子に老紳士は胸の内で肩を震わせて、ラーガンとウルフにお暇の言葉を置いてホテルから去っていった。



此方に駆け寄ってきたフリットにエミリーも前に出る。続いてディケも。

「ラーガンとウルフさんも一緒だったのね」

向こうに視線を投げかけたエミリーにフリットは頷き返す。それまでは良かったのだが、エミリーが視線を下げて疑問を口にした。

「タイツなんて珍しい……」
「そんなことないだろ?他の子だって履いてる子いるし」
「フリットはいつも履かないじゃない」

怪しいと瞳の中を覗き込んでくるエミリーから一歩下がって、フリットは何でもないと顔を横にする。
首を引いたエミリーはディケと顔を見合わす。ディケからの耳打ちに頷いたエミリーは核心を突く。

「ウルフさんと何かあったでしょ」
「っ、それ、は―――」

何もないと続けて口にしたフリットであったが、表情は隠しきれていない。
教師に伝えないといけないことがあるからと、そのままフリットは二人から一端離れた。教師に話しかけている姿を横目に追いかけ、嘘が吐けない性格なんだからと、エミリーは肩を竦める。

何があったかまでは判らないが、別れる前に見た時より顔色が良かったことには安堵している。ウルフのおかげ。それに対して納得している自分と納得していない自分がいた。自分はフリットに何をしてあげられるのだろうかと。何かをしてもお荷物なのではないかと、そんな考えに陥る。

話を終えたフリットが戻ってくると、エミリーは落としかけていた顔をあげた。心配だけは掛けないように。

「そうだ、エミリー。ごめ、ん、じゃないか……ええっと、有り難う」
「え?」
「ステーションで、僕のことであの後もみんなを宥めようとしてくれたんだろ?ウルフさんから聞いて、さ」

だから有り難うと、フリットは照れくさそうにエミリーへと微笑んだ。
ぎゅっと、エミリーは自分の両手を握り合った。自分はフリットがいてくれて良かったと思っている。フリットも同じように思ってくれていることが、彼女の言葉から伝わってきた。

「ううん。当然のことだもの。それに、良いところは全部ウルフさんが持っていっちゃったし」
「それでも感謝してる。だから強くなるよ」

エミリーからすればフリットはもう充分に頼もしい存在だ。それなのに、まだ先を目指すのだろうか。

「エミリーを悲しませるなって言われた。そのために出来ることは全部やる」

そこで一度区切り、フリットは真っ直ぐにエミリーと向き合う。

「ウルフさんに言われたことだけど、ちゃんと僕の意志でもあるから」

信じてくれるだろうかと、首を少し傾けたフリットにエミリーは柔らかく苦笑する。自信家のくせに相手の気持ちにはあまり自信が持てないところがフリットだ。

「余計なこと言ってくれたなぁ」
「エミリー?」
「フリットのことじゃないわ。それより、また軍の方に行くの?」
「ああ、うん。ガンダムのこともあるし。急ぎじゃないけど、連絡取りたい人もいるから。エミリー達はトルディアに戻るんだろ?」

教師から先程聞いたことをフリットは繰り返した。ヴェイガン襲撃について事情聴取を受けた生徒もいるが、全員ではない。ある程度の情報が集まったとされて、“ヴェルデ”に滞在している理由もなくなった。後日、何らかの問題が出てくれば、学園と連絡を取らせて欲しい旨を教師が了承した上での解放だ。

急な滞在延長になってしまったが、大人数で宿泊可能なホテルがあって良かったと教師が零していた。その理由について見当が付いていたフリットはそこでの解答は伏せた。
このホテルは例の事件があってからそれ程多くの月日が経っていないために、一時的に客が離れているのだ。建物内の傷跡は既に修復済みのようで、従業員達の所作にも支障は見受けられない。近いうちには以前の活気を取り戻すと見受けられた。

「お前はすぐ戻ってこられるのか?」
「どうだろ。そんなに長いこといるつもりはないんだけど」

ディケからの問いにフリットは首を捻った。けれど、お互いにそうかと頷き合う。フリットがそれじゃあと身体の向きを変えようとしたところで、行く手を阻まれてしまった。
きょとんとしながら、フリットは自分を取り囲んでいるクラスメイト達に瞬く。誰も彼もが不安な面持ちだ。

「ごめんなさい」
「俺たちも、ごめん」

言葉が出てこない者もいたが、口々に謝罪を述べていく。頭を下げる彼らにフリットは更に瞬きを重ねる。謝られる覚えはないけれど、何のことだか気付いていないわけでもなかった。だから。

「みんな無事で良かった」

そう返した。

中には泣き出しそうになっている子もいて、フリットが戸惑っていると肩を叩かれた。両肩に乗っているのはエミリーの手だ。
振り返れば、幼馴染みは目に泪を溜めながらも誇らしげに笑んで、大きく頷いた。エミリーから話を聞いていたディケが此方の腕を軽く叩く。彼に視線を移せば、こちらにもまた大きく頷かれた。それから、フリットはみんなの顔を一人一人見渡していく。
痛みを背負うのは自分だけでいい。そうした思いは変わらない。ただ、孤独ではないのだなと、この瞬間に気付いた。

自分という個を判ってもらうには、相手という個を判るには、言葉を交わし合い続けるしかない。しかし、フリットはそういったことを怠ってきた。目を背けていたわけではなく、言葉が足りない偏屈な自分の性格を正しく認識していたからだ。
相互理解未満だろう。けれど、伝わってくれた。エミリーやウルフが橋渡ししてくれたことで。
二人に甘えてばかりはいられない。フリットはそっと、自分の喉元に触れる。時間は掛かるだろうが、いつか、自分の声で多くの人達の心に届き伝わる言葉を紡ぎたい。そのためには、自分からも誰かの声に耳を傾けることを惜しんではならない。
可能な限りの柔軟な発想はこれくらいだった。けれど、限界ではない。声を聞き続ければ、いずれ見えてくるものがあると信じられる。今は見えず、触れることも出来ていないけれど。その日は、明日は来ると。

目の奥が熱くなってきた。大丈夫だと、エミリーが背中を擦ってくれる温かさにも込み上げる。改めて礼を言うべきだろう。フリットは顔を上げた。しかし、口を開く前に、更に視線を少し上に。
フリットと向き合っていたクラスメイト達は、背後の威圧感に後ろを振り返り、息を呑んだ。皆が後ずさる。

生徒達に取り囲まれたフリットの様子を確かめに来たウルフは、彼女の瞳が潤んでいることを見止める。と、取り囲んでいる者達を狼眼で一睨みする。
怯えているクラスメイト達が可哀相だとフリットは吐息を零す。それに、貴方が嫌われ役を買って出る必要もないと、フリットは空いた隙間を通ってウルフの傍に行く。

「怖がらせないでください。ウルフさんが考えていることとは違いますから」
「脅したつもりはねぇよ」

また勘違いしたらしいことにウルフは視線を横に投げる。フリットの声色に覇気があることから、彼女の言は疑っていない。

「で、お前は暫くこっちいるだろ」
「必要なことを済ませたらすぐ戻ります」
「そうか?時間あるなら模擬戦の相手頼みたかったんだが」

デインノン基地の軍人達もガンダムに興味を示していた。仲間内に能力や性能を把握してもらえれば、連携の手数も増える。客観的な意見から利点と欠点が見えてくれば、フリットにとっても悪い話ではない。

「模擬戦ですか……まぁ」

いいですけど、と了承しそうになったところでウルフが隙無く割って入った。

「数日いるなら、また腕枕してやってもいいぜ」
「い、いらないですよ!」

調子に乗りすぎている態度に怒りたいやら恥ずかしいやらでフリットはムキになってウルフに噛みつく。威嚇に照れを混ぜている様子に気分が良くなるが、ウルフは敢えて不機嫌な姿勢に出る。

「なんだよ、俺様の腕枕にケチでもあるのか?」
「不満は、ないですけど」

硬いから遠慮したいと言ったわけではない。むしろ、遅く起きてしまうほど安眠してしまっていた。
自分の中でぐるぐると言い訳を重ねて俯いていくフリットに、女子生徒の一人が皆の疑問を代弁して言う。

「ねぇ、アスノさん、腕枕ってどういうこと?」
「えっ、いや、その……ウルフさん?」

助けを求めた相手を間違えたことを、次の一言でフリットは後悔するはめになる。

「同じベッドで寝る男の役目だろ」
「………」

空気が止まった。教師もクラスメイト達も、全員が沈黙している。
そして、ウルフはフリットの肩を抱き寄せると、更にたたみ掛けた。

「もう身も心も俺の女だからな」

* Category : 小話
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