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個別記事の管理2017-09-20 (Wed)

ウルフリ前提おじいちゃんシリーズのオマケSSの二人。
9月以降の通販ご利用に付けているA4一枚両面分の小話から。通販優先で、後々サイト掲載もしくは印刷データをお持ち帰り出来るようにする予定です。
キオ視点の話は同人誌収録のみでそれの続きっぽいもののため単品としては不親切で申し訳ないのですが、ざっくりまとめるとじいちゃんや父さんから聞いた話の中の白い狼に会ってみたかったなと思ったキオがタイムスリップ(もしくは夢)でウルフとばったりする話です。
↓絵の状況説明にオマケSSの冒頭だけ


『Das Vorhandensein』
―― キオとウルフ A.G.115年 ――

ディーヴァの艦内を自室に向かって進んでいたキオはいつもと何か違うような気がして立ち止まる。周りを見渡してみるが、異変は何もない。見慣れた通路である。しかし、自分の知っているディーヴァと何かが違って見えた。
『ドウシタ、ドウシタ』
「ディーヴァ、だよね?……ここ」
足元のハロに尋ねてみたが、質問に対する答えが返ってくることはなかった。
ディーヴァとは異なる連邦の新造戦艦……であるわけがない。キオはディーヴァから外に出ていないのだから。
「戻れば、じいちゃんがいるかも」
自分だけがぽつりと取り残されてしまったかのような不安に襲われたキオは来た道を戻ろうと後ろを振り向いた。
すれば、男の姿があった。
「白い狼……さん」
「そりゃ俺様のことだが。坊主はどっから忍び込んで来たんだ?」
「…………」
キオは途方もなく混乱していた。目の前の男を自分は知っている。祖父の部屋で見た絵のまま、額縁から抜け出た生身の姿に息を呑む。
だって、彼は過去の人物のはずだ。
「なんだ、あまりの色男に言葉が出ないか」
「えっと」
何とも反応に困る言い回しだ。祖父の呆れ顔が蘇る。
「言えんなら言わんでいいが、ハロがいるってことは」
と、ウルフはキオと視線を合わせようと屈む。そこで固まる。つられてキオも固まる。
両頬を大きな手に挟まれ、キオは硬直する。蒼い眼が顔をまじまじと覗き込んでくるのだ。
「似てるな」
フリットに。と、続けられてキオは心臓を跳ねさせた。この目には何もかも見透かされていそうで落ち着かなくなる。


以上。この部分イメージで描きました。ハロが足下じゃないところにいるけれど気にしない(気にしない)。
キオ君にはウルフさんのことを白い狼さんと呼んでもらいたい謎の拘り。フリットはウルフさん(後に呼び捨て)でアセムはウルフ隊長だから、キオに白い狼さん呼びしてもらって三人ばらばらの呼び方させたかった。

オマケSSの全文は来月以降にサイト公開いたします(・ω・)ノ
* Category : 小話
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個別記事の管理2016-01-10 (Sun)
Weiβシリーズ第二部「Weiβ Justiz」
※web拍手第二部終盤連載の都合上、後半を一時的処置でブログに掲載しています。







※Weiβシリーズの設定を練り直しているため、サイトにある同シリーズ作品と辻褄が合わない部分があります


Weiβシリーズ第二部「Weiβ Justiz -11-」




シュンッと、ブレイクルームの出入り口である扉がスライドした音にフリットは丁度飲み干したカップを口から遠ざける。
佇まいを直そうとしたフリットであるが、此方に来た男が有無を言わせず腕を掴んできた。引っ張られ、その勢いで椅子から立ち上がらせられる。

「何の話か判ってるな」
「判って、ます」

妙な緊張感を覚えながらも、フリットはウルフに頷き返した。

「俺の部屋に来い」

続けられたその一言にフリットの全身が硬くなる。
ガチガチに固まっているのが腕を掴む掌から伝わってきたことにウルフは眼を細める。来るのか来ないのか。どうするんだと、フリットの腕を軽く引っ張れば、彼女は面をあげた。



腕を掴まれたまま、フリットはウルフの部屋に連れてこられる。足下を付いて来ていたハロはほんの僅かな差で部屋に入れずに扉が閉じてしまい、通路側に弾かれてしまっていた。うろうろと扉の前で転がっていたハロは目のような二つの点を点滅させると、門番のような出で立ちで扉の横に位置を落ち着けた。

ハロが消えていることに気付いて、あそこでウルフに行くと頷いたことは正しかったのかどうかを考える余裕もなく、フリットは仰向けでベッド上に放られた。
衝撃に目を閉じて、スプリングの軋む音が消えかかる頃に目を開ける。同時に、顔横に指で摘む程度の小さいパックが放られてきた。
それが避妊具のゴムであることをフリットは視認した途端、沸騰しそうな心臓を押さえるように胸に手を置く。

段取りさえなく、いきなりのことにフリットが動けずにいれば、ウルフもベッドに乗り上がってきて真上に覆い被さってきた。心の準備も何も出来ていないフリットは困り眉でウルフを見上げたが、上にいる男は表情一つ変えずに唇を落としてくる。

唇同士を撫で合わせるようにされ、刺激の少なさに一抹の疑問を抱く。けれど、男の唇が下に降りてくるのに緊張が蘇る。
スカーフを解かれ、際どい弱いところを撫でられながらゆっくりと制服を乱される。ベルトはそのままで制服の前を開けられ、インナーも。

覗いた乳白色の下着とその奥の肌色の曲線にウルフは喉を鳴らす。
鎖骨にあたる狼の獣息の熱さにフリットは息が上がりそうになり、歯が立てられたくすぐったさと次の瞬間を待ちわびて声を漏らす。けれど、牙は立てられなかった。
痕が残らないであろう甘噛みだけで済ましたウルフは一度身を引いて、困惑しているフリットの顔を見る。それから、彼女の首と肩の間に顔を埋めて抱きつく。
何かしてくるかとフリットはじっとしていたが、そんな気配は全くなかった。

「あの……ウルフさん……」
「あー、今我慢してるから待ってろ」

何を我慢しているというのか。問い質したかったが、焦っているウルフの声色にフリットは口を閉じた。

浅く長い息を吐き出しきったウルフはフリットの上から退いて、ベッド上に膝を崩して座り込む。その様子を、肘で身体を支えながら起き上がったフリットは目で追う。

「ウルフさ――」
「前を閉じろ」

発言を食われたことよりも、ウルフの言った意味の方が余程理解に苦しんだ。
相手に対して不理解を持っている自分自身が煩わしく、フリットは前を合わせるように浅く胸元を抱く。衣服を整える前にウルフを見つめる。

「……しないんですか?」

目を瞠ったウルフは、フリットの指先が震えていることに気付くと視線を投げた。

「何のために我慢してやったと思ってる」
「判りません」

声まで震え始めたフリットは自分の口元を手の甲で塞ぐ。ウルフに気遣ってほしいわけではない。弱味を見せないように耐えようとする。
ただ、それでも、誤魔化されるのだけは厭だった。自分も、誤魔化したくはない。

「お前が小さいからだ」
「ちい、さい……?」

フリットは自分の胸元に視線を落とした。視線を外していたウルフはそっちも大事だが、今の話はそうじゃないとフリットと目を合わせる。

「そこそこ痛がってただろ」
「そんなこと」
「痛覚に関して鈍くはないんだろうがな、痛いのが好いってのは自傷と変わらん」
「………」
「無自覚だとは言わせねぇぞ」

ウルフの指摘はこの間のことだけでなく、フリットの今までを含めてのものだ。自分自身の犠牲を厭わないのがフリットの正義感であるのはつくづく思い知っている。痛みに対して強いのもそうだ。平気な顔をする。
むしろ、痛みを背負うことで安堵している節も垣間見える。自分が痛むことで自分以外の誰かの傷を肩代わり出来ているとでも思っているのだろう。そんなふうに痛みを甘受していたら、いずれ傷は膿みとなる。けれど同時に、フリットならばそこまで悪化させないと信用もしている。過保護になって心配しているのとは違う。

ただ、安堵に関してはウルフも抱いた後で気付いたことだ。最中になかを傷つけたが、フリットが「ウルフさんからなら構いません」と言うから舞い上がった勢いで続けてしまった。
ウルフは同じ失態を二度しない主義だ。

叱られたように縮まるフリットにウルフは頭を掻く。悪いのはこっちの方なんだがなと、上手く伝えられない。
個人を形成する根幹を覆すのは不可能だ。それこそ生まれ変わるしか方法はないだろう。だから、痛みを背負うことをどうこうしろと言う気はない。此方は傷口を拡げたくないだけだ。

「フリット、お前の身体はまだ大人じゃねーよ。大きくなったら、そんなに痛くもなくなるはずだ」
「また、二十歳になるまではってことですか?」
「節目としてはその辺だろ」

フリットは口を閉じ、眉を詰めた。ウルフの言い分に自分は文句を言える立場ではないからだ。彼が思っているほど痛みを感じていたわけではないにしても。
経験というのはあれが初めてであったし、ウルフとどうだったか言葉では言い表しづらいけれど、激しかったのだと思う。それでも、辛くないか顔を覗き込んで確かめてきたり、頭や顔を撫でて和らぐようにしてくれた。
優しく抱いてくれた男に仇は返したくない。

「待てないか?」
「…………」
「待つって言え、フリット。でないと俺が」

その先をウルフは自分で塞いだ。
不自然に言葉を切ったウルフを、フリットは首を傾げて見つめる。その身動きで衣服が下がり、素肌の肩が覗く。
無防備なフリットを前にウルフは大きく喉を鳴らした。
どうすればフリットにとってためになるか考えている。けれど、味を知ってしまった。

「でないと、何ですか?」
「それは忘れろ」

切って捨てるように遮られ、フリットはシーツを両手で握りしめた。あの時もウルフはすぐにはしてくれなかった。まだ早いと。だから、あの日のことを彼は後悔しているのではないかと不安が強くなる。

「……それって、する気がないってことですよね」

それでも、声だけは努めて平静を装った。

沈黙する。そんな中、ウルフが近寄ってくる気配があった。シーツが擦れる音に迫られ、フリットは肩と背中を強ばらせる。傷を負うのは平気だ。けれど、この、胸の軋みは平気ではなかった。
二の腕のあたりを両方強く掴まれ、フリットは堪えるように目をぎゅっと閉じた。

怯えるように縮まるフリットをウルフは見下ろし、悪態を吐いた。さらにフリットが悲しそうに怯える。

「でないと、俺がお前を喰っちまうだろ」

フリットから怯えが消える。顔を持ち上げようとした彼女と視線が合う前に、ウルフは耳元に唇を寄せた。

「ずっと抱きたくてしょうがないぜ。フリットを滅茶苦茶に可愛がりたいってな」
「ッ……!」

狼の声と吐息に触発されて、フリットの全身が熱くなる。
頬がとてつもなく熱にうなされているが、此方の腕を解放して身を引くウルフに少し冷静さを取り戻す。彼の言ったことが俄には信じられない。

顔の赤さを見られたくないからと視線を投げていたが、その先にウルフが放った封がされたままの避妊具が落ちたままになっていた。手に取り、これを何処から出したかとフリットは少し前の記憶を手繰り寄せる。ベッド下からではない。彼はジャケットの内側に手を入れていた。
ずっと、持ち歩いていた。その事実が指す意味にようやく気付いて、彼の言葉に一切の虚偽がないと信じられた。胸の軋みまでが熱に変わる。

フリットは衣服の乱れを直し、首元にスカーフを通した。ウルフと膝をつき合わせる距離で足を揃えて姿勢を正す。

「判りました。待ちます」

待っててくださいと続けたかったけれど、言葉にはならなかった。ウルフの譲れない何かの正体がまだ知れないからだ。知りたいとは思っていない。きっと、彼が胸に秘めるべきものであろうから。
それが理由かと思っていたが、それも理由だった。
理由が一つだけとは限らない。年月の問題が無くなったところで、理由が無くなるわけではない。

真正面から真っ直ぐに視線を合わせるフリットの面差しは落ち着いたものだ。達観さえ垣間見えていたが、その表情が少しずつ崩される。
此方の胸に抱きついてきたフリットをウルフはしっかりと抱きとめたが、次の言葉に顎を引く。

「すみません、役不足で」

ウルフの好きなようにしてもらいたいけれど、そう出来ない原因が自分にもあるのだとフリットは自分自身を責める。

「そんなことは言わなくていい」

フリットが補えていない部分を自分が補ってやるべきでもあるが、それが可能であったならば、自分はこんなことを彼女に言わせなくて済んでいる。

「足りないのを埋めてやれんが、お前が一人前になれるように俺が教えてやる」

フリットの頭を撫でくる。すれば、不満そうな顔をされたので、子供扱いが厭なのだろうと手を放した。けれど、彼女は不満そうな顔のままだ。

ウルフの肩に手を置いて膝を立たせたフリットは、自分から彼の口端に唇を押しつける。本当は食み合いを求めていたが、上手く出来なかった。
腰を落としてやり逃げしようとしたフリットを腕で掴まえ、ウルフはフリットと額をくっつける。

「なんだよ、こういうのも教えてほしいのか?」
「……」

指摘通りだ。けれど、そういう子だと思われたり、からかわれるのが厭でフリットは唇を内側に閉じる。
フリットの杞憂を掘り下げず、ウルフは鼻を鳴らした。それを皮切りに、狼は表情を逆の意味で豹変させる。

真顔になったウルフを前にフリットは逃げられず、唇を奪われた。自分から閉じていた口を開いてしまえば、すかさず狼の舌がねじ込まれる。

「……ン」

熱っぽく喉を鳴らす。
唇を繋げたまま、押し倒される。くちゅっと湿った音が室内に響き、フリットはむずがる。口端まで濡れているが、自分のものかウルフのものかもう判らない。

奥の方が熱くなってくる感覚にフリットは自分の足をすり合わせた。このままでは、いけないことになるとウルフを押し剥がす。

「もう、いいです」

充分だと主張したが、ウルフは聞く耳を持っていないのか、再び唇を奪ってきた。
さっきのが、なけなしの力だった。もう力が入らず、フリットの両手はそれぞれウルフの手に捕らえられる。指と指を絡ませ合う繋ぎ方で。
フリットが右手に持っていた未開封のそれは、ウルフとの手の間に挟まっている。

口内も舌も蹂躙されているような激しい攻め立てに耐えるなど出来ず、フリットは甘い痺れを感じて手足の指を丸め、浅く腰を浮かす。
此方の手を握り返してきた指の力が抜けるのと同時に、ウルフはフリットの唇を解放した。手はそのままだ。

胸を上下させて、あられもない表情を晒しているフリットから経験不足が滲み出ている。教え甲斐があるとウルフはもう一度貪ろうと唇を近づける。だが、その前に。

「言っただろ、お前を滅茶苦茶にしたいって。キスだけでまたイかせてやる」
「ぁ、あの、本当にもう……これ以上は」
「黙ってろ」

喘ぎごと唇を奪う。食んだら食んだで、フリットのほうからも舌を絡ませてきた。彼女の意思というよりは、身体が言うことを聞かなくなっているのに近いだろう。理性的な奴から本能を引き出していることにウルフは快感を覚える。

気付けば、ぐったりとフリットはベッドに沈んでいた。原因は酸欠かウルフの技巧な舌使いか、理由が曖昧だろうが明白だろうが、少し意識が飛んでいたことは事実だ。
ぼんやりしていると、顔に影が掛かった。ウルフが覗き込んできていると認識して頭が一気に醒めた。口元を拭い、フリットは背を起こす。散々やっておいて気遣うのだ、この男は。

多分立てるはずだと、フリットはベッドから降りようとする。けれど、手首を掴まれてウルフを振り返った。

「まだ終わってないぜ」
「え」

流石に痺れきっている唇を強ばらせたが、ウルフが続けたのは予想に反していた。

「腕枕」
「ぇ、あれ?うでまくら?」
「またしてやるって言ったはずだが」

きょとんとしていたフリットだが、瞬きを二回して思い出した。そんな律儀にあの発言を守ってくれなくても良いのだけれどと首を傾げる。

「ウルフさん、任務があるんじゃないですか?もうすぐ哨戒の時間だったと思うんですけど」
「とっくに過ぎてるぞ、そんな時間」
「でも、それじゃあ……ッ、すみません」

自分がウルフを拘束してしまっていたということになる。時間厳守は軍人の責務だ。フリットも規則は守らなければならないとすり込まれているし性分としてもそうだ。だから、ウルフに責務を破らせてしまったことを申し訳なく思う。

眉を下げて謝っても謝りきれないと肩を落としていくフリットの様子を前に、生真面目だなと感想する。ウルフは掴んだ彼女の手首を引っ張る。

「ラーガンに頼んである、お前が気に病む必要ねぇよ」
「だ、駄目です」

まだラーガンを巻き込んだままであることをさらりと告げられ、フリットは益々肩身が狭くなる。

「だから気にするなって。あいつには後で飲みにでも誘っとく」
「そういう問題じゃ……」

酒のことはいまいち判らず、フリットは言葉尻があやふやになる。

柔らかい頬を両手で挟み、フリットを上向かせたウルフは彼女を良い子にさせようとする。勿論、自分にとって都合の良い意味で。

「俺の腕枕に不満はないんだろ?」
「そういうことばかり覚えておかないでください」

不服そうな顔をしつつも、フリットは仕様がない人だと身体から力を抜いた。

先にベッドに寝そべったウルフの横に手と膝をついたフリットは彼の腕にそっと頭を置く。腕は痛くないだろうか、これで大丈夫だろうかとフリットは不安そうにウルフを見つめた。

「もっとこっちに来い」

腰にウルフの腕がまわり、ぐっと引き寄せられた。鼻先が触れ合いそうなくらいの距離にフリットの鼓動が速まる。

背筋を通って、腰にまわされていたウルフの手が髪を束ねているリボンに触れる。撫でる動きが項に伝わって、フリットはくすぐったそうに眼を細める。
しかし、珍しく気難しい顔になっているウルフに瞬く。もしかしてと、フリットがリボンに視線をやろうとすれば、気付いたウルフが頬をつついてきた。

「まぁ、妬いてるには妬いてるけどな」

このリボンをフリットが手放せない理由には頷けた。此方がGエグゼスのことを話した後、彼女は自分の髪を結うリボンの贈り主のことを語ってくれていた。

リボンには妬かなくなったが、フリットのことを身を挺して守った少女の生き様には妬いている。
けれど、少女がフリットに遺したものを書き換えたくはない。その先に死があるからこそ、生きることそのものは貴く在る。命を軽んじてはならないことを少女との邂逅でフリットは充分に理解したはずだ。自分のような人間では教えてやれないことだ。
だから、リボンのことを、本来の持ち主のことを気にしてフリットを抱かないと主張しているわけではない。理由の一つではないとはっきり断言しておく。

見るからに安堵したフリットにウルフは顔を近づける。

「俺の惚れた女が良い女だってのは変わらないぜ」
「だから、僕はそういう人じゃありません」
「同じことを言わせる気か?」
「………ヒールは履けるようになりました」

自分も人のことは言えないが、ウルフの自信過剰なところは勘弁して欲しい。過剰では少し語弊があるだろうか――言ったことをやってのけてしまう。だから、それくらい自分だって出来ると張り合ってしまい、後戻り出来ない状況に陥る。

「上出来だ」

それに、わりと些細なことでさえこうやって褒める。誰にでも出来そうなことでも、お前にしては頑張ったと。
照れが混じり、反発しづらくなる。
じっとしていられず、身じろぎすれば、ウルフがまた難しい顔をしてリボンに触れてきた。

「ほどいていいか?シワになるぞ」

大切なものだろと含み言われ、フリットはそれで難しい顔をしていたのかと納得した。横になれば寝痕が付くかもしれない。解くべきか解かないべきか迷ってくれていたらしい。

「じゃあ、お願いします」

リボンが解かれ、ウルフの手に丁寧に畳まれる。
さらりと流れたフリットの若草色の後ろ髪に目を奪われ、ウルフは三年の月日を想起させられた。

「お前さ、俺が告る前から俺に惚れてたか?」
「え。さあ?」

考えてもみなかったことだったとフリットの顔に書いてあり、ウルフは若干だが落胆する。けれど、色気のない返答はこいつらしいと腑に落ちる。

感情ほど曖昧なものはない。言葉に出してみたりしないと形にならなかったりする。意外と、本人が預かり知らぬところで最初の一歩が踏み出されているものだ。

意識が足りていないだけだと言い聞かせた。それより、髪が頬や首筋にかかっていると、色気のないことを口にする唇でも妙に艶めいて見える。

「髪下ろしてるとエロいな」
「ウルフさんのために伸ばしてません」

何のために伸ばし始めたか。それはフリット自身判然としないが、面倒な手入れは続けている。自分の髪なのだから自分のためであるが、この髪に一番触ってくる相手はウルフに違いない。前から頭を撫でてきたり嗅いできたりする。
放っておいてくれていいのに、よく構ってくる。

「ウルフさんこそ、僕のどこが良いんですか?」
「さあな」

言い草からして、はぐらかされたのはフリットでも判った。それでも追求しないのは、何となく、ウルフが照れ臭いと表情にしたように見えたからだ。

そろりと、躊躇うように頬に触れてきた小さな手にウルフは表情を改める。

「どうした」
「いつも、ウルフさんに何かしてもらってばかりで。僕から触ったら……駄目ですか?」

手を下げようとしたフリットの手を取り、ウルフは彼女の手を自分の頬に押しつける。

「好きなだけ触れよ」

声色に促され、フリットは恥ずかしそうに頷いた。ウルフの手が離れたところで、彼の頬を撫で、髪を撫でる。見た目よりも柔らかい髪の感触に目を瞠りつつ指先に絡ませたりする。ウルフが吐息を零す仕草にまで心臓が高鳴る。

不意に頬に感じた温もりにフリットはそちらを見遣る。ウルフの手が頬を包んできて、フリットは殆ど無意識に自分から彼の手に頬ずりする。仄かに嬉しそうな顔をされてウルフは感じたことを口にする。

「お前、よく笑うようになったな」
「そうですか?」

不思議そうに首を傾げたフリットは思い返してもみたが、やはり自覚はない。別段、笑わない方というわけでもないはずだと。

その様子にウルフは微笑する。自分の前では生意気な態度の方が目に付いたのだ。今もそうだったりするが、笑顔は格段に増えたと感じている。

「まだ早いか……まあ、いいか」

そんなふうに前置きしたウルフはフリットの頬を撫でていた手をそのまま口元にまで下ろし、指で唇を撫でる。

「フリット」
「はい」

真剣な声音に焦点を引き寄せられ、フリットはウルフを真っ直ぐに見つめ返した。

「愛してる」

狼からの告白にフリットは「ぁ」とか「ぅ」とか声が出ながらも言葉にならない。自分から彼に好きだと告白を返した時と同じかそれ以上に顔が真っ赤に染まる。
どうすれば良いのか判らずにいると、ウルフが顔を寄せてきた。返事を求められていることに気付いたフリットは更に顔が熱くなる。けれど、呼吸の乱れを何とか落ち着ける。

自分から、唇を触れ合わせた。

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個別記事の管理2015-12-26 (Sat)
Weiβシリーズ第二部「Weiβ Justiz」
※web拍手第二部終盤連載の都合上、後半を一時的処置でブログに掲載しています。







※Weiβシリーズの設定を練り直しているため、サイトにある同シリーズ作品と辻褄が合わない部分があります


Weiβシリーズ第二部「Weiβ Justiz -10-」




何だかんだで三週間近くフリットはデインノン基地に滞在中だった。中と言うからには、まだ“トルディア”に戻る目途が立っていない。
基地側に拘束されていることはなく、見計らう時期をフリット自身が決断しきれずにいるのだ。

此処のモビルスーツパイロット達に混じって模擬戦に参加させてもらったりと有意義に過ごしている。ガンダムの模擬戦参入も軍人達に好評で好意的に認可が下りていた。
ビッグリングだとこうはいかない。ガンダムを使用する模擬戦は控えるよう総司令官から直々に厳重されているからだ。ビッグリング内に機体そのもので戦闘力を計る設備はない。模擬戦をするならば宙域に出なければならないのだから、秘匿扱いのガンダムを易々と動かすなということだ。

だが、デインノン基地を始め、コロニー内の連邦基地用模擬戦地は市街への被害が出ないように敷地内に隔離されるように設けられているものだ。“トルディア”の基地にガンダムを搬送して貰えることもあるが、厳重に管理されてしまうため少し動かす程度のテストでさえも幾つかの手続きをしなければならず、かなり窮屈な制限が掛かっている。

ここでは制限が緩いのはガンダムが物珍しいことともう一つ。コロニーの特性上、基地の責任者の羽振りが良く、大概のことは金品で解決してしまうためだ。
理由は少々引っかかるが、これだけ自由にさせてもらえるのは有り難いことだった。

“ノーラ”のアリンストン基地が懐かしいと、フリットは朧気に重ねていた。アリンストン基地でガンダムを動かしたのは、あれが最初で最後になったことを思うと胸が軋む。
ブルーザー司令の姿を脳裏に浮かべ、彼の言葉を強く胸に刻み直すことで感傷を遠くした。

「フリット」
「はい」

向かいの席から立ち上がったウルフの声にフリットは返事をして見上げた。彼は他のモビルスーツ部隊とのミーティングがある旨を此方に伝えると、そのままブレイクルームを後にした。

いつも通り。フリットは内心で言葉にしてカップに注がれている飴色の紅茶に視線を落とす。
茶葉の抽出時間が適切なくらいにいつも通りだ。薄すぎず濃すぎず。

「ミルクが欲しかったな」
「持ってきましょうか?」
「え。ぁ、いえ、お構いなく」

別のテーブルでラーガン達と話し込んでいたミレースは室内に備え付けの給湯器までコーヒーを取りに行こうとしていたところだ。
彼女の気遣いにフリットは慌てて首を振る。ミルクティーが飲みたいわけではなかった。そう受け取られても可笑しくない発言をしてしまったことを訂正する上手い言葉も見つからない。

「それ、もう冷めてるでしょ。ついでだから淹れ直してあげる」
「すみません」
「いいわ。中尉達のところで待っててもらえる?」
「有り難う御座います」

ぎこちない態度であったのを汲み取ってくれたミレースに頭を下げ、フリットは言われた通りにラーガン達の席に移動する。
会話は聞こえていたようで、同じテーブルにつくとラーガンが手を挙げて迎えてくれる。その横にはアダムスの姿もあった。

フリットの後をついて来ていたはずのハロが飛び出し、アダムスの横を陣取る。ビッグリングの通路でぶつかりそうになった時、受け止めてもらったことを覚えているのかもしれない。ハロからのアピールに彼は戸惑い半分で、その硬い丸みをぎこちなく撫で始める。

アダムスはデインノン基地勤務になったわけでも、ラーガン同様にフリットと共に派遣されてきた扱いになっているわけでもなかった。
グアバランの協力を得て、ラーガンがビッグリングから呼び寄せたのだ。
無論、この度のヴェイガン同時多発襲撃の件についての調査を水面下で独自に執行するための捜査員として。

確証はないが、連邦政府も絡んでいる可能性を考慮してフリットが関わることをラーガンは是としなかった。ガンダムは銀の杯条約に違反していると見解を持っている為政家も少なくない。目を付けられる行為は控えるべきだとの判断にフリットも否は唱えなかった。

関わるなと言われてはいるが、多少掻い摘んだ話は聞かせてもらえている。だから疎外は感じていない。
ただ、口出しするなということだ。関わらず、聞き役に徹するのが条件であることを弁えている。
自分なりの考えも内情にはあるため、燻りは多少なりとも潜んでいるのがフリットの本音ではあったが。

「待たせたわね」
「いえ」

ミルクの香る紅茶をミレースから差し出され、フリットは会釈で礼を言う。

ラーガンの向かい側になる奥の席にフリットは坐し、その隣にミレースが席を落ち着ける。コーヒーを戴くミレースを見遣り、フリットは自分の目の前に置かれた同じ形のシンプルなカップに視線を転じた。
ミルクティーにしてくれた手間を思うと感謝したいのだが、フリットとしては複雑なところだった。ミルクを入れると味が丸く優しくなるので嫌いでは無かったけれど、白といえば彼なのだ。

折角、淹れてくれたのだからと、フリットはカップを持ち上げて小さく口を付ける。ちびりと飲んでいると、視線を三つも感じてフリットは顔を上げた。
ラーガンに、ミレースとアダムスまでもが、自分を注視していることにフリットは首を傾げる。

「何か思い詰めてるだろ」
「え?……ぁ、いえ」

フリットはラーガンの指摘に瞬いた後でぎくりとする。もしかして気付かれてしまったのかと、カップをテーブルに戻す。
その様子に今度はミレースから。

「貴女は思慮深いから考えすぎてしまうでしょ?」
「此処だけの話にしておく。言いたいことがあるなら言ってもいい」

アダムスからも重んずる促しが続き、フリットは言っても大丈夫だろうかと心に置く。それから、ラーガン達を見渡す。心配してくれている彼らを前に、思い切って意を決した。

「あれから……ウルフさん、何もしてこなくて。それで、あの……」

どうしたら良いのだろうかと、相談する言葉は出てこなかった。空気が何かおかしいことにフリットが気付いたからだ。

三人とも表情が止まっている。ラーガンが一人、先に我に返ってフリットの話に合わせるべきだとミレースとアダムスに目配せする。
しかし、フリットは自らの過ちに気付いてしまった後だ。

ウルフがこの部屋から出ていった後であったし、この三人は自分達のことを知っているからと先入観があった。一番の欠点はウルフのことばかり考えていた自分だ。
三人が気を揉んでくれていたのは、ヴェイガン襲撃に関わる事柄についてに決まっている。冷静に俯瞰すれば簡単なことだ。自らにとっても最優先すべきもので、常に頭の片隅に置いていたというのに。

「何でもないです。忘れてください」

奥側に座るんじゃなかったと、フリットは逃げ出しにくい位置を恨めしく思う。
完全に俯いているフリットのつむじに視線を落としたラーガンは頭を掻く。

「フリット、あのな、俺達は構わないから。それでウルフがどうしたって?」
「だから何でもないから!」

顔を上げたかと思えば、直ぐにそっぽを向いたフリットは完全に拗ねている。此処まで赤恥の感情を強く表にする様子は皆無に等しく、この中で一番付き合いの長いラーガンでさえ驚きに舌を巻いた。

フリットがたった一人を意識しすぎている状況は非常に珍しい。
ウルフにガンダムを賭けた模擬戦を挑まれた時も似たような様子であったと記憶しているが、決定的に違うことがある。

「何でもないようには見えないわよ」
「………本当に何も」

心配そうな声音のミレースの顔を振り返り、同じように眉を下げたフリットは視線を戻して俯き気味に表情を落とす。
前髪で目元は確認しづらいが、憂いの面差しを見て取ったラーガンは、決定的な違いを確信する。悔しさではなく、不安があるのだ。

フリットが不安を抱くのは、ウルフを意識している根幹に執着が見当たらないからだろう。
執着とは盲目だ。一途であればあるほど、自己中心的に陥りやすい。しかし、目を配ることに長けているフリットは周囲を見失わず、しっかりと見据えている。だからこそ、ウルフの意向を無視することは絶対に有り得ないことだ。
それ故に、何を優先したら良いのか判らなくなっている。

「俺も大丈夫そうには見えないぞ」
「平気ですから」
「ウルフが何もしてこないって言ったように聞こえたけどな」
「………僕とウルフさんの問題だから」

此方から口を出すべきことではないと、ラーガンは今まで見守ることに徹していた。けれど、時と場合によっては厭わないことを今決めた。何よりも、自分の大事な妹分の不安を取り除いてあげたかったからだ。

「ああ、二人の問題だ。でもな、抱え込み続ける必要はないと思う。俺達以上にウルフには言い出しにくいことなんだろ?」
「それは、そうだけど」

佇まいを直し始めたフリットは、膝に置いた両手に視線を落とす。指を絡ませたり擦ったりと落ち着きがない。ラーガンが指摘する通り、ウルフを問い質して彼本人から答えを得ることに物怖じしているのだ。

有耶無耶にしたい気持ちでいると不意に、紅茶から漂うミルクの優しい香りに嗅覚を撫でられ、面を上げる。
フリットの面差しを真正面に受けて、ラーガンは耳を傾ける姿勢を見せた。



フリットからの話を聞き終えて複雑な心境を抱えたまま、ラーガンは通路をブリーフィングルームに向かって進んでいた。
ウルフの居所に向かっているわけだが、どうにも自分の頭の中を整理整頓出来ず、額を片手で覆う始末だ。

フリットに大口を叩いてしまったし、兄貴分としての見栄もそれなりにあるため、引き下がるわけにはいかなかった。
アダムスが自分とミレースは席を外した方が良いのではないかと早々に申し出てくれたのは幸いだった。二人も途中まではフリットの話を聞いていたから、今頃は……。



居住区に向かって肩を並べている男女の空気は異質……でもなかった。

「ミレースは私よりもウルフとフリットの二人と話すこと多かったよな?」
「そうだと思うけれど、何か?」
「ラーガンから事前に聞いてはいたが、人の縁とは不思議なものだと思ってな」

感慨深げなアダムスにミレースも同意を示して頷く。
当時を思い返せば、ウルフもフリットも互いのことをパイロットの物差しで見定めていた。フリットは年齢も腕前も未熟な自分をウルフに自覚させられて対抗心を持っていたし、ウルフはフリットの才能を一目で見極めて将来を込みで同格と認めていた。二人の彼我に対する意識は客観的に見ても明らかだった。

「フリットも大人っぽくなりましたからね」

三年前、ウルフはフリットのことを最初は男の子だと思っていたという話だ。ファーデーンでのザラムとエウバのごたごたの一件を経てから女の子だと知って、ラーガンに確認を取り、自分の所にまで確認を取りに来たことをミレースは思い出す。些か、呆れた男だと感想したものだ。

勘違いしてしまうほど、フリットの外見も口振りも少年っぽかったのは否定しないけれど。
しかし、それも少し昔のことだ。口調だけはまだ男勝りなところがあるにしろ、流石に今のフリットを見て男と見間違うことはない。

「確かに、もしも街中ですれ違ったら気付かないくらいだ。ミレースは変わっていないから何処ですれ違っても気付けるだろうが」
「煽(おだ)てても何も出ませんよ」
「そんなつもりじゃないさ。他の奴らはどうしているかと思ってな」

ディーヴァで共に戦友を誓ったクルー達のことだ。それぞれと連絡を取ることに制限が設けられているため、音信不通に近い。まだ軍属であるとは思うが、コロニーの街中ですれ違うことがあれば、昔話の一つや二つはしたいものだ。

「私達もこうやって久し振りに顔を合わせることが出来ているんです。近いうちに会うことになるかもしれませんよ」
「そうだな、そう思っておく」

重々しくなりそうな自身をアダムスは吹っ切り、切っ掛けをくれたミレースへと感謝するように頷き返した。

「それはそうと、少尉の目にはどう映っていらっしゃるんですか?」
「あの二人か?まあ、別にいいと思うが」

当事者ではないし、外野からはそうとしか言えない。両想いなら面倒なこじらせ方をしないだろう。いや、こじらせていたからフリットの様子が思い詰めていたのだったか。
何はともあれ、自分は部外者だ。仲介役ならラーガンが一番適任である。だから席を外したのだ。

「ミレースはそう思わないのか?」
「口を出す気はありません。けど、フリットが不憫でならないというか」

相手があのウルフだ。振り回されないわけがない。
二人を見掛ける時も大概、フリットは困らされているか憤慨しているかのどちらかだ。ブレイクルームでの様子もウルフが原因だったのだから、心配にもなる。

いずれ、ウルフの大きな態度もフリットが原因と判ってミレースの悩みの種となるのだが、それは二十三年も先の話だ。

「意外と過保護だったんだな」
「そういうのとは違いますけど、ね。ブルーザー司令が、フリットに相手が出来たと知ったら驚かれたと思うんです」

はにかんだミレースに触発されてアダムスも苦笑する。
命を張って自分達を送り出してくれたブルーザーは勇敢な人だった。身寄りのないフリットの後見人を自ら申し出た彼が生きていたならば、きっと喜んでいただろう。もしくは、ウルフのことを認めてくれず、一波乱あったかもしれない。
アリンストン基地では、ブルーザーの補佐をしていたミレースは彼を通してフリットを見ていたからこそ、そう思う。



ミレースとアダムスが穏やかに会話を繋いでいるとは露知らず、ラーガンは冷や汗をだらだらと零していた。二人が何処まで勘づいてしまっているか気が気ではない。
しかし、まずは目先の問題だ。自分の請負った使命はウルフとフリットに話し合わせることだ。

『いいか、フリット。俺がウルフはこう思っているんじゃないかと言っても、それはウルフの言葉じゃない。だから、本人に訊かなくちゃ本当のところは判らない』

解決してやれないが、そのための手助けはしてやれる。そう見栄を張ってブレイクルームから出てきたラーガンは、通路の向こうから目当ての男が進んでくるのを視認した。
軽く手を挙げて立ち止まるように示せば、ウルフは目前で足を止め、後続している部下三人に先に行けと目で指示する。部下らの足音が消えかかると、ウルフは顎で用件をラーガンに問う。

「少しフリットと話してきて欲しいんですが」
「いいぜ。まだ、あそこにいるよな」

あっけらかんと、そのまま通り過ぎて行こうとしたウルフにラーガンは慌てる。

「いやいやいや、待ってください」
「何だ?他に何かあんのか?」
「そういうわけじゃないですけどね、人の話は最後まで聞くのが礼儀でしょう」

本人であるウルフを前にいきなり本題をフリットから口にするのは難しい。それを考慮して、ラーガンはまず先に自分が彼に説明するために此処まで来たのだ。
ウルフの左肩に手を掛けてラーガンは彼を引きとめる。

「だったら早く言え。こっちも忙しい」
「それは本当に申し訳ないんですが……。俺が言ったこと、まだ気にしているのかと思って」
「お前が言ったこと?」
「フリットを大事に出来る男は他にもいると言ったことです」

ウルフが眉目を歪ませて反応を示した。しかし、鼻を鳴らして一蹴される。

「そんなことか。あいつはもう俺のもんだって言ってるだろ」
「なら、俺の目を見て言ったらどうです」

無意識に逸らしていたことに気付かされたウルフは眉間の皺を濃くした。そのことにラーガンは深く溜息を吐く。技量に関してはウルフの方が自分より優秀だと認めているが、この男は自分より年下なのだ。

「責めているつもりはありません。貴方がフリットを大事にしてくれているのは判っていますから」

肩にあるラーガンの手をウルフはその一言を切っ掛けに振り払った。

「判ったような口を聞きくな」

唸るような低い声にラーガンは怯みそうになったが、ウルフは粋がっているだけだ。

「ウルフこそ、本当にフリットを判っているつもりですか」
「何が言いたい」
「大事にしすぎているんじゃないかってことです」

目を丸くしたウルフに意外な一言だったらしいと気付かされて、ラーガンの方も拍子抜けする。

「無自覚ですか?」
「いや……そんなわけじゃねーが。俺にだって色々ある」

色々あると不明瞭な言葉で途切られて、ラーガンはバイザーの奥を顰めさせた。そんな曖昧な理由をフリットに認めさせるつもりでいるのだろうか、この男は。

「一度だけで捨てるなんてことしたら、俺だってただじゃおきませんよ」
「そんなことは一言も言ってねぇだろ。見くびるな」
「なら、色々とは何ですか。具体的な説明をお願いします」
「……………破っちまったんだろーが」
「破った?」
「だから」

続いてウルフから説明された内容にラーガンは間抜け面を晒したが、生々しい内容に次第に顔を赤らめ、手でバイザーごと目元を覆う。
だいぶ気を付けていたが処女膜を傷つけてしまったと言うのだ。初めてだと慣れていなくて傷つきやすいものだが、上手くやれば出血しない。

「いいか、俺様は下手じゃない」

ひと差し指を突き付けられた。指を辿ってウルフの真顔を見遣ったラーガンはこの男の幼稚な部分を見てしまって現実逃避したくなった。

「身体の中を傷つけるのは大変なことですが、だからって」
「あいつの身体が出来てねぇってことだろうが。今は食って寝て育つべきだ」
「なら、それをフリットにも言ってあげてください」
「………色々あるって言ってるだろ」

ラーガンを一瞥してから、ウルフは腕を組んで壁に背を預ける。
フリットの身体が成長途中である理由も本心であり、自分が無理をさせてしまいそうだと言う気掛かりもある。しかし、それだけではない。お互い平行線であることは受け入れたが、自分は言い切れていないことがあった。親になれないことを。
それまで受け入れさせたら、予期せずともフリットの負担が辛いものになるのは避けられない。その後ろめたさを後回しにしようとしている。

「判りました。俺はそれで納得しておきます。けど、俺に言ったことと同じで構いませんから、フリットにもちゃんと説明してあげてください。それと、まぁ……スキンシップを少しお願いしたいんですが」
「スキンシップ?いつもしてるぞ」
「普通のではなく、そういうのを」

目を彷徨わせるラーガンにウルフは彼の言いたいことに勘づいて腕組みを解いた。まさかフリットがそこまでラーガンに相談していたとは。だが、それだけフリットが物寂しい思いをしていたのかと思えば思うほど、いじらしく感じてくる。
確かに、含みのある触り方は避けていた。普通に肩を叩いたり背中を押したりというのも比較的少なかったように思う。

「お前からお許しが出るなら遠慮しないぜ」
「二人きりで、お願いしますよ」
「了解だ。それと、俺も一つ頼む。時間掛かるだろうから、あいつらに言っておいてくれ」
「ええ、それは構いませんよ」

ウルフの部下であるササバル達に伝言くらいは容易い仕事だ。ラーガンは二つ返事で了承する。

先に行くラーガンの背中に、ウルフは自分も彼に用件があったことを思い出した。少し待てと背中を引き止め、顔を近づけて声を潜める。

「中佐に気を付けろ」

眉を片方跳ね上げたラーガンは直ぐさま視線を細める。ウルフを見遣れば、彼は声に出すなと口だけを無音で動かした。

嗅ぎ回ってるお前らのことをしつこく聞かれた。中佐って以前、ホテルの事件でフリットにも貴方にも良くしてくれたあのアレン中佐ですか?そうだ。何故。人は好いからな、弱味でも握られてんだろ。その辺は有り得ますね。忠告はしたからな。

読心術での会話を切り上げ、行けとウルフはラーガンの背を手の甲でノックするように押した。

「早く出世しろよ、ラーガン」
「競争しますか?」
「出来レースだろ」

軽口でラーガンを見送り、ウルフは前髪を掻き上げた。

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個別記事の管理2015-12-13 (Sun)
Weiβシリーズ第二部「Weiβ Justiz」
※web拍手第二部終盤連載の都合上、後半を一時的処置でブログに掲載しています。







※Weiβシリーズの設定を練り直しているため、サイトにある同シリーズ作品と辻褄が合わない部分があります


Weiβシリーズ第二部「Weiβ Justiz -9-」




通路をあてもなく進んでいたフリットだが、此処に来てしまったと苦笑しようとして、失敗した。ハロが心配そうに覗き込んでくる。
おそらく此処にいるだろう。そう俄に確信を持って、フリットは格納庫に足を踏み入れた。

慣れないガンダムの整備をしてくれているデインノン基地のエンジニアに頭を下げ、横隣のハンガーを見上げる。全身が真っ白の機体には先日の傷や汚れが拭えないまま残っている。けれど、この格納庫に収用されているモビルスーツの中では一番損傷が少ない。次点がガンダムだ。

悔しいのだろうか。自問してから、悔しいと答えた。しかし、競っている感覚はない。
この手に掴みたいものが明確であるからだ。おそらく、彼もだろう。

欲を切り捨てるのは似合わないと言われた。確かにそうだ。失う空虚さを何度も味わってきたのだから。何かを切り捨てるなど、到底出来ない。
ただ、割り切ることは覚えなければいけないと思う。大人になるために。

宙域に出るための滑走路近くに設置された格納庫とは違い、こちら側の格納庫は常にコロニーの重力がある。
ハンガーを取り囲んでいる梯子を登り、通路状になった柵の上に立つ。足下は目が細かい網の板になっているため、普通に歩ける。
Gエグゼスの開かれたコクピットハッチに柵から飛び乗ったフリットは中を覗き込んだ。

「……お疲れ様です」

開口一番に何を言うべきか迷って考え出たのがこれだった。もう少し他に何か言いようがあったのではないかと億劫になったが、向こうは気にした様子もなく顔を上げた。

「良い匂いするな」
「ウルフさんも何も食べてませんよね。あげます」

フリットはワックスペーパーに包まれたサンドイッチをコクピットに座しているウルフに手渡した。

朧気な記憶を遡れば、基地に着いてからウルフは申請無しにバイクを借り出したことや仕事を放り出した始末をつけるように上司から呼びつけられていた。分かれる間際にラーガンとの会話で後で愛機の調子を見ておきたいと言っていたので、後始末は片付いたのだろう。

「お前は食ったのか?」
「一ついただきました」

そうかと頷いたウルフはコクピットから立ち上がって、モビルスーツの外に出る。サンドイッチをくれた礼代わりにフリットの頭を一撫でして横切ると、手摺りを飛び越えて網状の通路に位置を落ち着けた。
髪を気にしながらフリットもウルフを追いかけて彼の横に佇む。ハロが二人の足下を行ったり来たりと転がっていたので、フリットはその場にしゃがみ込んでハロを掴まえる。

「ラーガンが言ってたんですけど、開戦するかもしれないって」
「そりゃ目出度いな」

まさかそんなことを言われるとは思わず、フリットは困惑の顔でウルフを低い位置から見上げた。
彼は手摺りに背を預け、包み紙を開いたサンドイッチに齧り付く。一口を咀嚼し飲み込んでから、フリットを無感情に見下ろす。

「お前が望んでいたことだろ」
「望んでなんか」

いないと言いたいのに、言えなかった。自分の気持ちがはっきりと見えなくなる。心の何処かで、もう戦争でしか決着をつける術がないと冷静に悟っていた。

「悪い、言い間違えたな。望んでたのはあの艦長だ」

グルーデックのことを持ち出してきたウルフは複雑な表情だった。何故、そんな顔をするのか判らず、フリットは続きを言ってくれるように首を傾げた。

「お前は託されただけだ」

引き継ぐことを。
グルーデックが一人で全ての罪を背負った生き様に対して敬意は持ち合わせている。だが、フリットを巻き込んだツケを支払うどころか、ツケを丸ごと押しつける形をとったことだけは腹に据えかねた。

「でも、選んだんだろ、フリット。お前の意志で」

ただ流され、何も選ばずにいるのなら、それは息のない怠惰と同義だ。呼吸とは選択し続けること。そして、選択する時には必ず迷いが生じる。
今、フリットから迷いの匂いを感じてウルフは眼を細める。

「……選びました」

匂いが薄れたことにウルフはフリットが見ていないところで一瞬だけ顔を顰めた。迷った末に決めたことを考え直させるのは容易くない。特にフリットのように頑なな決意の持ち主は。
だからこそ、否定は呑み込んだ。それに、自分は好戦的な質だ。開戦は悪い話ではない。考え直させてしまったら元も子もないだろう。

それは自分の役目ではない。フリットの周囲にそれを行える者は誰一人としていないのが現状だった。
けれど、いつかそんな存在が現われることを未来に馳せる――それが自分達の息子と孫であることを予想すらせず。

「ウルフさん?どうかしました?」

沈黙しているウルフにフリットは自分は何か迷惑を掛けただろうかと眉を下げて問う。その様子にウルフは肩を下げ、彼女の隣に座り込む。
ずいっと顔を近づけられて、フリットはやや身を引く。

「俺、お前にGエグゼスの名前のこと言ったことあったか?」
「ええっと……聞いたことはないと思いますけど」

顔を引き戻したウルフは神妙な顔つきのフリットに笑む。そんな顔をされるほど堅苦しい話ではない。けれど、何事にも真面目な姿勢な相手だからこそ、話す気になった。

「レーサーの時にマッドーナのおやっさんから聞いた話だ」

それを皮切りにウルフは当時を振り返る。振り返るのは後ろ向きな行動に思えて、意識的に過去を思い返すことはしてこなかったが。
フリット相手だと触発されるようだ。

「すげぇ昔に、世界を救った伝説の白いモビルスーツがいた。そいつがGUNDAMって名付けられてて、Gを冠していたってな」

モビルスーツ鍛冶の間では有名な奇譚だ。以前までなら工房の間でも語り継がれてきていた。けれど、軍事力を撤廃する銀の杯条約が締結してから忘れ去られようとしていた伝説であり、マッドーナのように覚えている方が稀有だった。

最初に聞いた時は子供騙しのお伽噺だと思ったが、感銘を受けるほどに痺れたのも事実だ。それに、お伽噺ではなかったと、Gエグゼスの横に並んでいるガンダムをウルフは見上げる。

視線の先を追いかけ、フリットもガンダムを視界に入れる。
知らなかった。自分が関わっていないところで、誰かがガンダムの話をしていることを知りもせず、想像すらしていなかった。
そして、レーサーの時のウルフを自分は殆ど知らないのだ。

「だから、Gですか」
「GLITTERでもあるけどな。おやっさんからガンダムの話聞いてからは余計に愛着湧いちまったんだよな」

輝くという意味で名付けていた。だから白き狼という二つ名は少し受け付けなかった。
軍に転身してからも白い狼と呼ばれてしまい、白銀と認識してもらえず終いだ。せめて彗星か流星ぐらいの輝く意味合いは欲しかったところだ。

「それじゃあ、その、ガンダムを寄越せってあれは」
「餓鬼には宝の持ち腐れだからって理由じゃねぇよ。年甲斐もなく、はしゃいでたのは大目に見ろ」

ウルフの反応をフリットは瞬きしながら見遣る。
フリットからの無垢な眼差しが痒い。ウルフは視線を逸らそうとしたが、彼女の言葉に引き戻される。

「渡すことは出来ないですけど、ウルフさんが乗りたいなら僕は構いませんよ」

そう言ったフリットの頭をウルフはくしゃりと撫でた。直ぐに手を放して告げる。

「俺にはこいつがいるし、裏切れねぇよ。まあ、お前がどうしてもって言うなら、話はコクピットを複座にしてからだ」
「複座式ですか?」
「そんなことしなくてもお前には乗っかれるから、もしもの話だ」
「はい?」

首を捻っているフリットにウルフはヒントというより殆ど答えとして「ベッド」と一言付け加えた。暫く思考をぐるりと回していたフリットは意味に気付いて眉を立てる。沸騰しそうなフリットの頭をウルフは掴んで大きく揺らした。

揺れた頭がぐわんぐわんと振動する。フリットは両手で頭を抱え、何をするんだとウルフを恨みがましく見つめる。しかし、彼の様子を前にして棘が抜かれる。
こちらを見ていないのだ。見ていないというか、見られない。そんな感じだ。

「何でウルフさんが照れてるんですか」
「違ぇっての」

据わった目を寄越されたが、怖くなかった。
明け透けのない言葉を使う人だ。だから、そういうことを言ったのを恥じているのではない。ガンダムにはしゃいでいた大人げなさを今になって恥ずかしがっている。
それと、自分の愛機に名付けた意味と由来を教えてしまったことへの、何とも表現しにくい感情。

照れ隠しが慣れていないウルフをフリットは揶揄しない。元々、人を揶揄する性格ではないからだが、それを差し引いても自分がウルフにあてられて照れ初めてしまったからだ。
頭を抱えていた両手はいつの間にか耳まで下がっていた。

「何でお前まで」
「い、いいじゃないですか、そんなのッ」

互いに目が合うと、ぷいっと同時に顔を背け合う。
そんなやり取りはGエグゼスとガンダムの整備を行なっているエンジニア達に筒抜けになっている。遠目にだが、青春だなぁだとか、珍しい狼の態度についての議論などが始まっていた。

自分ばかりがこの男に振り回されている。そんな風にフリットは思っていた。けれど、同じように影響は与え合っていたことが、嬉しいような恥ずかしいような二律背反な感情になっていく。そして、自分もウルフの色んな顔が見たいと思うようになっていた。

鼓動が煩くて厄介だ。苛立ちに似ているが違うことを認めている。だから、無視することも手放すことも出来ない。

『ドウシタ、ドウシタ』

不意にハロが喋り、フリットは緊張しきっていた神経が解される。
なんて言おう。なんと言えば、ウルフは此方を見てくれるだろうかと考えすぎていた。
どんな言葉であっても、ウルフは耳を傾けてくれるというのに。

「あの」

ウルフがぴくりと僅かな反応を見せる。振り向いた彼に続けてフリットは口を開いたが、声より先に音が鳴った。お腹から。
ハロに置いていた手を自分の腹部に持って行き、押さえる。
誤魔化しの効かない空腹という事実にフリットは俯く。しかし、心配した嗤い声などなく、目の前にサンドイッチが差し出された。

「食え」
「ゃ、その、ウルフさんのですから」
「食べかけは嫌か?」
「そうじゃないんですけど」

恐る恐る受け取ったフリットは、それでも眉を下げてウルフの顔を窺うように見上げる。

「食える時に食っておけ」

促され、フリットはサンドイッチにかぶりついた。ウルフの囓り跡を避けている。

「ウルフさんも」
「一人で食っちまっていいぞ」

そう言ったが、フリットは頑なだ。差し返されたサンドイッチをウルフは手に取り、フリットが囓ったところを重ねて囓り取った。
それを返されて抵抗なく受け取ったフリットだったが、もうウルフが囓ったところを囓るしかない。
はむ。と小さく遠慮がちに齧りついた。

「もっと食えよ」

口の中をもぐもぐさせているのでフリットは行儀が悪いと喋られず、首を横に振ることで伝える。

「俺の咥えられたんだから、もっと口開くだろ」
「グッ」

喉に詰まり、フリットはつっかえる胸を叩く。背中をさすってくれる男の手は優しいが、張本人なのだから台無しだ。
目尻に泪を溜めたフリットは恨めしさを込めてサンドイッチをウルフに突き返す。

「もういりません。一人で食べてください」
「そんなんじゃ大きくなれねーぞ」

胸とか。と、続けそうになった余計な一言は呑み込んだ。
そういう類の話に気が乗らない性格なのは見た目通りだと感想して、ウルフは手の中の食料を平らげた。

コクピットに一端戻ったウルフはそれを二つ手に取り、戻ってくる。
自分の頭にポンッと置かれたものをフリットは慌てて落とさないようにキャッチする。目の前に掲げてみれば、ゼリー飲料のパックだ。
横に座り戻ってきたウルフも同じものを手にしている。

「ひとまず腹の足しにはなるだろ」

ひらひらとパックを掲げて振るウルフの顔に反省の色は見られないが、これが彼なりの詫びなのだとフリットは正しく認識する。
それならば、いらないと突き返す必要はない。「いただきます」と小さく言ってから、フリットはパックの蓋を捻ってチューブに口をつける。

「あの……言いたくなかったら、別にいいんですけど。ジェノアスにはGを付けてなかったですよね」
「ああ、あれか。未練がましいのは男じゃないからな、レーサー辞める時のけじめみたいなもんだった」

レース用のシャルドールGも処分するようにマッドーナに言っていたのだが、彼はその通りにせず何年も保管していた。ウルフがそのことを知ったのは、ガンダムに似た機体発注を依頼した時だ。
そして、シャルドールGがGエグゼスに姿を変えた。Gを継いで。

「だから、俺の未練はお前に救われた」
「僕が救った?」
「未練かどうかを決めるのは俺次第だがな。未練を未練じゃないもんに変えさせたのはお前だ、フリット」

言っている意味がよく判らない。ウルフ本人も感覚で喋っているだけだ。
けれど、そういうものとフリットも感覚で受け取った。正確な言葉で伝えてくれると齟齬が少なくて助かるのだが、ウルフ相手だとこれでいいような気がしてくるから本当に変な人だと改めて思う。

「そうですか」

頷いた此方に対して、向こうはゼリー飲料に口を付ける。不自然ではないが、意図的なのかなとフリットはウルフの横顔を見つめる。

ウルフの方からレーサー時代の頃を話すのは実は珍しいものだ。仲間内から話題を振られないと口にしていなかったと記憶している。憶測でしかないが、彼が言った未練がましいに起因しているのだろう。
かつてのウルフが真剣になってガンダムの伝説を気に入っていたことを、フリットは自分の内側で咀嚼する。

「ん?」

右半身に温もりを感じてウルフはゼリー飲料のチューブから口を離した。
隣にぴたりと身を寄せてきたフリットに言う。

「いきなり懐いてきてどうした」
「ッ、……懐いてませんよ」

反抗的に返しながらも離れずにいるフリットにウルフは瞬く。ちょっと可愛い。

ウルフからの視線にフリットは耐え難くなっている。それでも、動けなかった。今まで以上に、より強く傍に感じたくて。暫くそのままじっとして、ゼリー飲料を飲み干す。

鬱陶しいだろうか。ついと、胸に過ぎった不安にフリットは唇を噛む。
互いの間に隙間を作ろうと右に遠退こうとする。なのに、裏背を通って右肩をがっしりと掴まれては、勢いよく引き戻された。

先程以上の密着と有無を言わせない狼の握力に敵わず、フリットは尻込みするように顎を引く。服越しであっても、硬い筋肉と厚い胸板がすぐそこにある生々しさに狼狽していた。
覗き込もうとしている気配に気付いたフリットは僅かに顔を上げた。ただ見つめ合っているだけで体温が上昇してしまう。

ウルフは少女の頤に触れようとしたが、その前にフリットが硬直を見せ、耳を下げた。外野の声に耳を傾ければ、接吻までのカウントダウンとやらを始めている。
見せつけるのは良いが、見世物になる気はない。フリットの肩から手を放した。のだが、フリットの表情に変化があり、ウルフは留まる。
物欲しそうな顔をされてはたまったものではない。

フリットの場合は見世物になる気も見せつける気もないはずだ。だから本人が自分の状態に気付いているかも怪しい。
しかし、そんな顔をしているのが悪いと、ウルフはフリットに顔を近づけた。
おおおと外野が野太い声をあげたが、次第にお?と首を傾けた疑問が混じっていく。

ウルフの薄い唇が遠退き、それが触れた左頬にフリットは手をあてる。恥ずかしい手前の甘酸っぱさにどんな顔をすればいいのか判らない。
だが、フリットに反してウルフはかなり恥ずかしいのか、突然立ち上がる始末だ。

あんなに獰猛に掻き抱いてきた狼の姿とは思えず、フリットは頬を緩ませていく。くすりと息の音を聞き取ったウルフが半目でフリットを見遣る。

「なんだ」
「何でもありません」

軽い口調で言い返したフリットも立ち上がり、スカートの後ろ側を手で払う。
それから首筋を掻くウルフを見上げて、後で二人きりになれる時間があったらこのリボンのことを、あの子のことを話そうと決心する。

トン。と、背中に触れた感触にウルフが目を落とせば、フリットが背中を預けてきていた。寄りかかるでなく、触れるように。
背中合わせの二人を前に、Gエグゼスが聳え立っていた。

Return

* Category : 小話
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個別記事の管理2015-12-06 (Sun)
Weiβシリーズ第二部「Weiβ Justiz」
※web拍手第二部後半連載の都合上、中盤を一時的処置でブログに掲載しています。







※Weiβシリーズの設定を練り直しているため、サイトにある同シリーズ作品と辻褄が合わない部分があります


Weiβシリーズ第二部「Weiβ Justiz -8-」




どうやってデインノン基地にまで戻ってきたのかフリットにはあまり記憶がなかった。記憶力には自信がある彼女にしては珍しいことであったが、ウルフの発言のせいである。あれから頭が真っ白だ。

気付けば、食堂にいた。
色々あって暇もなくちゃんとしたものを食べていないことをラーガンに言ったような気がする。自分の隣の席についている兄貴分を見上げれば、彼はフランスパンにハムやレタスにトマトといった具材を挟んだサンドイッチを頬張っていた。フリットの席にも同じものがある。お互いに二つずつ。
厨房は時間的に今は夕食の仕込みに入っているらしく、簡単なものを調理場の者が用意してくれたのだ。厨房の奥に何人かいるが、食堂の食事スペースに二人以外の人影はない。

フリットもサンドイッチを手に取り、齧り付く。身体を動かし、食事という必要な行動を取ったことで意識が戻ってきた。しかし直ぐに落ち込んだ。次にエミリー達に会わせる顔がないと頭を抱える。

食事の手が進んでいないフリットにラーガンの方も頭を抱える。いつもと変わらないはずなのに、妹分の仕草一つ一つから女らしさが垣間見えていることが原因だ。何も可笑しなことはないのだが、少しばかり存在が遠くなってしまったような、娘が実家を出て行くような侘びしさを感じて頭が重い。
幸せならそれで良いんだがと、ラーガンはフリットに視線を落とす。あまり、そうでもなさそうな様子に視線を投げ出した。ウルフみたいなタイプは持て余すことぐらい承知であった。そういえば。

もそり、もそり。ゆっくりとサンドイッチをようやく一つ食べ終えたフリットは、もう一つに手を伸ばすか思案する。何となく手を付けずに、既に皿を片付けているラーガンに尋ねたいことがあると顔をあげた。しかし、三人の人影が食堂に入ってきたことで口を噤んだ。
ウルフ隊に所属するササバル、それにゴードンとダニエルだ。

向かい側の席に座る前にササバルがフリットを一瞥してからラーガンに視線で問う。頷いたラーガンに少女がいても構わないと承諾を受け取り、彼らは席に着いた。

「頼んでた件は裏が取れたか?」

開口はラーガンからだ。三人はそれぞれに頷く。

「ドレイス中尉の言っていた通り、複数のコロニーへの同時多発を狙った襲撃でした」
「俺が言ったんじゃなく、ミレースなんだがな」

軽い口調で訂正しているが、ラーガンの顔は真剣そのものだ。それに、内容に不穏を感じ取ったフリットの表情も硬くなる。

「どういうことですか」

表情通りの硬い声にラーガンはフリットへと視線を落とす。人情を重んじる兄貴分は憤りを感じながらも、妹分に真実を諭す。

「この間の襲撃はヴェルデだけじゃない。他にも同時刻に被害を受けたコロニーがたくさんあるんだ」
「そんな報道は――」
「されてない。何かしら情報操作されたんだろうな」

“ヴェルデ”で襲撃事件があったと報道はされている。しかし、他のコロニーにもヴェイガンからの襲撃があったことは“ヴェルデ”の住民は知らない。つまり、他のコロニーも同様だ。各自の被害しか報道されていない。
襲撃されたコロニーの数を把握しているのは連邦政府だけだろう。そこから報道の制限や操作をしていると踏んでいる。

「どうして、そんなことをする必要があるんですか」

鋭い剣幕の中にも戸惑いがあった。フリットはまだ何処かに連邦を信じようとしている気持ちを棄てきれずにいた。グルーデックと最後に交わした「連邦を信じるな」という言葉があったとしても。
誰かを信じたいと思うことは間違っているのだろうか。

「落ち着け、フリット。この件は軍の中でも、まだ一部の人間しか知らないはずだ。それに、ヴェイガンの目的も明確な意図が見えないんだ。上層部も何か考えがあってのことかもしれないだろ?」

目的が明瞭であれば論点から仮説を導き出し、それから検証を行なって示唆を得ることが可能だ。しかし、初期段階の目的自体が不明瞭であった。
被害が軽かったわけではないが、天使の落日を彷彿させるコロニーが墜ちるほどの大惨事には至らなかった。敵が部隊を各コロニーに分散していたために物理的な理由で不可能だったと考えるべきか、もっと別の理由があったのか。

いずれにせよ、複数のコロニーが襲撃を受けた事実が報道がされれば混乱が予想される。今回の襲撃範囲から外れている場所をと考えれば地球上だ。環境汚染も回復されているし、移住を希望する者が星の数ほど出てくるだろう。
そうなれば、地球圏の者同士で居住地の権利争いが始まり、暴動の引き金にもなり得る。鎮圧に自分達が駆り出され、生身の人間に銃を向けることになってしまう。二次被害で済めばまだマシな方だが、そんな悠長なことを言ってられないのは目に見えている。

「………」

口を閉じたフリットは奥で歯を食いしばる。
フリットの膝上に置かれた手が音がしそうなほど硬く握られているのを視認したラーガンは、ままならないことに内心では同意を示す。

正義感が真っ当に通る組織は存在しない。だからこそ、三年前にディーヴァは単独で連邦に叛いた。
当時、指揮を執っていた艦長のグルーデックが正しい道を歩んでいたかと問われると返答は難しいが、彼が己を貫いたという一点においては正義に通ずるものがあったとラーガンは見出している。
そうでなければ、あの蝙蝠退治戦役を切り抜けられなかった。そう思い込まなければ、報われなかった。

「それでですね、政府の人間だと言っていた彼らなんですが、身元の確認は出来ませんでした。全部偽造されたIDだったようです」
「足跡は追えないか?」
「すみません。難しいですね」
「綺麗サッパリですよ」

ラーガンの追求にゴードンとダニエルはお手上げですと首を振った。
他の襲撃を受けたコロニーにいる軍人達の中で自分達と同じように疑問を持つ者はいる筈だ。そちらで手掛かりが掴めれば今後の行動を決められるが、当てに出来ない可能性が高い。つまり、軍からの指示に従うしかない。

「開戦、かもな」

独り言のように呟き落としたラーガンをフリットは目を丸くして見上げた。
問い質す視線を受け取ったラーガンは憶測を続ける。

「報道は規制されても、軍の抗戦記録まで抹消できるわけじゃない。政府側にそこまでの権限はないしな」

一般市民への情報漏洩を徹底的に支配しようがしまいが、今回の件で連邦軍総司令部は政府に申し立てる。蝙蝠退治戦役の直後からヴェイガンとの交戦を支持する声が増加しているのだ。

「だから」

戦争をすることになる。遅かれ早かれ。

言葉を呑み込んでしまったが、フリットには正しく伝わっていた。三年前なら、気付いた時点で表情を歪めただろう。けれど、そうしなくなるだけの年月と思考の蓄積を垣間見てラーガンはやり切れなさに目を閉じる。

表向きには無表情を顔に貼り付けているフリットは、感情の整理が付けられず躊躇していた。誰かがいるところでは考えられない。

席を立ったフリットをラーガンは引き留めることはせず、食事はしっかり取るようにとその手に彼女が残していたサンドイッチを持たせる。フリットの背を追って足下にいたハロが消えるのも見送り、ラーガンは深く嘆息した。
妹分相手に緊張していたのだ。あの強い眼差しを真正面から向けられれば、立場よりも正義感を優先した。それを何処かで期待していた自分自身への悔恨。

今、自分に出来ることは軍人の本分を真っ当することだ。ラーガンは自身に言い聞かせると肩を回して気分を切り替える。

「助かったよ。お前達も一休みしてくれ」
「いえ、他人事ではありませんから」
「お役に立てるなら、また頼みに来てください」

ウルフとは戦友の仲だと彼の部下達には伝わっている。その認識からか、初対面の時から彼らは慕ってくれた。
自分の朗らかな性格も一役買っているとはラーガンは知りもせず、何時でも協力してくれると言ってくれた彼らに感謝する。

この件に関してミレースにも報せに行くことを考えていたラーガンだが、「すみません」と発したダニエルの声に意識を向けた。

「ドレイス中尉はあの子とも馴染み深いんですよね?」
「ああ、フリットな。もうちょっと小さい時から知ってるけど、何かあるのか?」

彼らは以前にフリットと面識がある。だから、改まって他人から尋ねられる理由が見えなくてラーガンは小首を傾げた。

ダニエルは真ん中のササバル、その向こうのゴードンと顔を合わせる。各々で頷き合うと今度は代表してササバルが口を開いた。

「ウルフ隊長の好みのタイプとは違うなぁって前から思っていたんですよ」
「あー、まぁ、そうかもしれないな」

顔面をテーブルに叩き付けそうになったのを堪えてラーガンは返事をした。
彼らの言い分は良く判る。ただ、予想の斜め上だったのだ。

体勢を立て直したラーガンは、ふむと顎を指で支える。ウルフ本人からフリットへの好意があることを打ち明けられた時は自分も意外に感じた。だから、彼らの疑念は尤もだと受け取っている。
しかし、思い返してみても驚きはしなかった。意外と感じた直後にはもう腑に落ちていたからだ。ウルフの視線がフリットに向けられていた事実をラーガンは無意識に認識していた。彼から告げられて、そういえばと気付いたわけだが。

「ウルフは見た目ああだけど、面倒見良いからな。構いたいんじゃないかと俺は思うが」

それでは納得出来ないか。尋ねるようにラーガンは三人をゆっくりと見遣った。

「確かに隊長楽しそうでした。あの子構うとき」
「けど、俺らと同じでグラマーな女が良いって豪語してて」
「彼女もスタイルは良さそうですけど、こう何て言うか、セクシーさが足りないって言うか」

話の方向性にラーガンは頭を抱えたくなってきた。だから俺の妹分をそんな目で見てくれるなと主張したい。
テーブルを両手で叩き付けたかったが、滅多に動じないフリットを見倣ってラーガンは平常心を心掛ける。

「理想と現実は違うものだろ?」

理想とは理に適った想像だ。それは自分の中だけで成り立つものであるが故に、現実で理想を求めたところで掴めないことの方が多い。
それに。と、ラーガンは思う。ウルフの場合はフリットが理想以上であったのではないかと。理想を越えたという意味ではなく、だ。

身体の発育状況を隈無く観察していたことは、この場では言わないでおこうと目を瞑る。色々なことが台無しだ。

「そういうもんですよね、人生」

知りたい答えとは巡り会えなかったが、結論が見えたことで三人は納得をみせてくれた。
肩が凝ったとラーガンは一息入れたが、「それで」と続けた彼らに固まる。今度はフリット視点でウルフはどうなのかと尋ねられ、勘弁してくれと項垂れた。

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* Category : 小話
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